読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジョルジョ・アガンベン『実在とは何か マヨラナの失踪』(原書2016, 講談社選書メチエ2018)

イタリアの天才物理学者が突然失踪した理由を思想的側面から推理するアガンベンの著作。著者がマヨラナの失踪について最終的に提示した見解よりも、そこに到るまでの統計確率の学問的解釈に目を惹かれた。「決断することを可能にする科学」としての統計確率という考えを、私はどちらかというと肯定的に受け止めた。

統計学は、実在するものの実験的な認識をめざす科学ではない。それはむしろ、不確実性に満ちた状態のもとで決断することを可能にする科学なのだ。そのため、それがサイコロ・ゲームから発生した当初は明確だったように、確率の根底にある概念は長期間にわたる頻度数ではなく、《賭けのための危険閾(critical odds for a bet)》なのである。そして、そこでは頻度数は体系の実在的特性と想定されるものを推論するために使用されるのではなく――まさしく量子力学で起きているように――そえまでの推測(これはそっくりそのまま賭けに吸収・同化しうる)を強化したり論駁したりするために使用されるのである。(「実在とは何か──マヨラナの失踪」p40)

 

本人の心身両面にわたる健康問題、当時のイタリア、ドイツの政治状況下での研究生活に加え、量子力学の確率的世界への信念上の帰属問題など、失踪の理由はアガンベンが提示する思想的側面以外にも、より考えられやすいものはあると思うけれど、本作が傾聴に値する力強い立論であることもまた確か。気になる方は、とりあえず講談社の書籍紹介サイトを閲覧ください。軽くネタバレされてます。また、日本語版には翻訳者上村忠男の判断で、原書にはないジェロラモ・カルダーノの賭博論・確率論が追加訳出されていて、お得というか、大変貴重(本邦初訳らしい)。

 

目次:
実在とは何か──マヨラナの失踪
エットレ・マヨラナ「物理学と社会科学における統計的法則の価値」
ジェロラモ・カルダーノ『偶然ゲームについての書』

bookclub.kodansha.co.jp

ジョルジョ・アガンベン
1942 -
エットレ・マヨラナ
1906 - (1938年3月25日に失踪)
ジェロラモ・カルダーノ
1501 - 1576
上村忠男
1941 -