読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

御子柴善之『カント哲学の核心 『プロレゴーメナ』から読み解く』(NHKブックス 2018)

よく出来たカント入門書。いきなり『純粋理性批判』ではなく要約版の『プロレゴーメナ』から入るべしという教え。300ページ程度で過不足なく紹介してくれているのがありがたい。ストレートな味わいですっきり読める。早稲田大学大学院での授業がベースとなった著作。

 

ヒューム問題を克服するために、ア・プリオリな純粋悟性概念を取りだし、それに基づいて真の自然法則である純粋悟性の諸原則を提示したのに、それを使用できるのが感性界に限定されるのだとしたら、形而上学の可能性は閉ざされてしまうのではないだろうか。それでも、カントは次のように明確にまとめている。

さて、以上のことから、これまで探求してきたことすべてについて、以下のことが帰結する。「すべてのア・プリオリな総合的原則は可能な経験の原理に他ならない」、また、けっして物それ自体に関係づけられることはできず、経験の対象としての諸現象にしか関係づけられ得ない。

カントもここに明記しているように、これは、「いかにしてア・プリオリな総合判断は可能か」という問いに導かれてきた、これまでの探究すべての結論である。すなわち、純粋自然科学を可能にする純粋悟性の諸原則はたしかにア・プリオリな総合的原則であり、ア・プリオリな総合的命題として表現される。しかし、それは可能な経験の原理に他ならないのである。縮めて言えば、ア・プリオリな総合的判断は経験を可能にする原理としてのみ可能なのである。したがって、それは経験の諸対象の領域である現象界(感性界)を超え出ることができない。ア・プリオリな総合的判断を含む、純粋数学も純粋自然諸科学も現象界を超え出ることはできないのである。

(第五章「コペルニクス的転回の射程」p156-157)

 

カントの引用はすべて著者によって訳出されたもので、本文との馴染みもよく、ストレスが少ない。ページに文字を詰めすぎていない構成も生きていると思う。重要事項を効果的に学習した気分になれる。良書。


目次:
第一章 「序文」からカントの自負を読む
第二章 「緒言」からカントの問い方を読む
第三章 「数学」がどうして可能なのかを問うてみる
第四章 「自然科学」がどうして可能なのかを問うてみる
第五章 コペルニクス的転回の射程
第六章 独断論的な形而上学を批判する
第七章 理性の限界を見定める
第八章 カント自身の「答え」を確認する

 

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イマヌエル・カント
1724 - 1804
御子柴善之
1961 -