読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

大西克禮『美學』上下巻(弘文堂 1959-60 オンデマンド版 2014)フモール(有情滑稽)のある美学

通読完了直後の印象をまず書き留めておくと、崇高と美とフモール(「ユーモア、有情滑稽」)の基本的カテゴリーから語られる大西克禮の美学体系は守備範囲が広く今なお有効である。特にフモール論はデュシャン以降の現代美術やコンセプチュアルアートなどにも向き合えるような力を秘めているように思う。『美学への招待』の佐々木健一アナクロニズムなんて言われる必要はまったくない。

大西克礼(おおにしよしのり)に『美学』(上下、一九五九~六〇)という名著があります。その全体は、美的体験論と美的範疇論からなっています。この目次構成は、それより一世紀前のドイツの美学の標準的な構成を踏襲しています。この明らかなアナクロニズムは、大西が美学の普遍性を確信したところから生まれたもので、かれの学問的環境のなかでは、一つの見識であったと思います。その美的範疇論において、幽玄、あはれ、さびなどの日本の概念を組み込んでいるのですが、当然、これらもまた普遍性をもち、異文化の人びとも理解しうるもの、と考えていたに相違ありません。
佐々木健一『美学への招待 増補版』第一章「美学とは何だったのか」p17 中公新書

 旧字旧仮名で書かれ、参照しているのもジンメルの芸術哲学あたりまでで、古いので素通り可能と新規読者層に思わせてしまうのはあまり褒められたことではない。大学外で活動せざるを得なくなった京大系美学の中井正一に対して、同時代に大学内で講座をもちつづけた東大系美学の大西克禮。二人の美学の教科書的作品は雰囲気はだいぶ異なるものの、それぞれ美の世界全体を見通せるように書かれていて、芸術一般に興味がある二十一世紀の人間にとってもありがたい財産となっている。いずれも、枝葉ではない、芯や幹となる芸術観を見せてくれているので、新しい事象に向き合う必要があるときは、そのしっかりした幹に新しい枝葉を接ぎ木して対応していけるような気にさせてくれる。大西克禮が基本的カテゴリーから特殊日本的な「幽玄」「あはれ」「さび」などの派生的カテゴリーを見事に分析していったことにならえば、自分がぶつかった新たな事象に対しても少しは明晰に理解し対応できるのではないかと思わせてくれる。

若し「幽玄」と「さび」との美的本質を理論的に(仮令実際上には、それらの「美的性格」が相重なる場合があるとしても)区別して考えることができるとすれば、曾てろんじたやうに、「幽玄」が一つの特殊なる「派生的美的範疇」として、本来「崇高」(das Erhabene)の「基本的範疇」に帰属し、又かの「あはれ」の「美的内容」が、同じ意味に於いて「美」(das Schöne)に帰属するのと同様に、「さび」という「美的概念」は、寧ろ「フモール」(Humor)の「基本的範疇」から派生し、若しくは導出されるものとして考えることが、妥当ではなからうかと吾々は思ふのである。而かも若し更に、それら三つの「基本的美的範疇」が、人間の美的体験(美意識)一般の本質的構造から、理論的に導かれて来るものとするならば、玆に又それら全ての基本的並に派生的の「美的諸概念」の間には、美学上体系的聯関を考へることも、可能になるわけではなからうかと考へられる。
(大西克禮『美學』下巻 第二篇 派生的美的範疇 「さび」p511-512 太字は実際は傍点、本文は旧字旧仮名)

大西克禮『美學』の肝は、「フモール」を基本的カテゴリーとして取り上げたところ。「崇高」と「壮美」をベースにした一般的美の枠組みに対しての破壊力は結構すごい。


大西克禮『美學』上巻 基礎論
序論 美学方法論の問題
 科学的美学の限界と哲学的美学
 「体験」の美学と「体系」の美学
 「芸術」と「美」
第一篇 美的体験の構造
 直観と感動
 生産と受容
 芸術美と自然美
 美的体験の価値根拠
第二篇 芸術の本質
 芸術の形式と内容
 芸術の体系
 芸術の様式

大西克禮『美學』下巻 美的範疇論
序論 美学の方法論的立場と美的範疇の問題
第一篇 基本的美的範疇
 美的体験と美的範疇
 「崇高」(或は「壮美」)
 「フモール
第二篇 派生的美的範疇
 序説 「基本的美的範疇」と「派生的美的範疇」
 「悲壮」(「悲劇美」)
 「幽玄」
 「優婉」(「婉美」)
 「あはれ」
 「滑稽」
 「さび」

美学 上巻(基礎論)[オンデマンド版] | 弘文堂

美学 下巻(美的範疇論)[オンデマンド版] | 弘文堂

 

【付箋箇所】

上巻(基礎論):
2, 47, 61,89, 92, 134, 178, 183, 186, 230, 233, 244, 262, 267, 272, 288, 306, 309, 338, 341, 349, 359, 361, 362, 396, 437, 443, 458, 461, 463, 465,

下巻(美的範疇論):
31, 38, 64, 76, 92, 93, 94, 106, 117, 123, 124, 149, 153, 162, 167, 178, 184, 188, 190, 215, 235, 253, 255, 267, 289, 291, 295, 300, 309, 356, 371, 376, 380, 391, 392, 395, 398,401, 412, 443, 447, 462, 468, 475, 489, 491, 506, 511

 

 

大西克禮
1888 - 1959