読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

文学理論

ジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(原書 第1巻 1949, 第2巻「内的距離」1952, 筑摩叢書 第1巻 1969, 第2巻 1977 )

日本ではなんでも翻訳されているということはよく言われていることではあるのだが、そんなことはない、ということを知らせてくれる貴重な書物。ヌーヴェル・クリティックの代表的な作品であるジョルジュ・プーレ『人間的時間の研究』(全4巻、1949‐1968)も、…

モーリス・ブランショ『ミシェル・フーコー 想いに映るまま』(原書1986, 豊崎光一訳 哲学書房 1986)

ミシェル・フーコー(1926-1984)が亡くなってから二年後に交流のあったモーリス・ブランショが沈黙を破って書いた追悼の書。ブランショがようやく亡くなったフーコーについて語ったということで、日本でも緊急出版されたあたりが当時の人文系学問界隈の熱を感…

ジャン=ピエール・リシャール『ロラン・バルト 最後の風景』(原書 2006, 水声社 2010) マナとしての語

蓮實重彦が敬愛するテマティスム批評(テーマ批評)の雄ジャン=ピエール・リシャールが語るロラン・バルト。批評の対象となる作家や作品を慈しむことにおいて並び立つリシャールとバルトの共演は、とてもすてきだ。「傑作とはまさに、あらゆる風とあらゆる…

ロラン・バルト『テクストの楽しみ』(原書 1973, 鈴村和成訳 みすず書房 2017)

テクストの快楽、読むことの歓び。 ロラン・バルトの軽やかな誘惑に乗せられて、本を読むことはいいことだと単純に読みすすめていくと、人生のメインストリームからは見事に外れていくことにもなるので要注意ではあるのだが、気がついた時には岸辺からすら遠…

高橋睦郎『私自身のための俳句入門』(新潮選書 1992)俳句界に参入するための心得書

日本の文芸の歴史の中で俳句形式がもつ意味合いを探る一冊。書き方講座というよりも読み方講座として重要性を持っている。 私たちがいま俳句とは何かを考えることは、俳句を生んだわが国文芸、とりわけ和歌の長い歴史、和歌の自覚を生んだ海外先進異国文芸と…

小川剛生訳注『正徹物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 2011) 正徹は室町時代の塚本邦雄かも

室町中期の禅僧で歌人の正徹の歌論書。本人多作で難解な歌が多く異端視されることもあるらしいが、古今の歌に通暁し、なかでも定家を愛し、歌論にも優れているという存在。途中から室町時代の塚本邦雄みたいなものかと思いつつ読んだ。辛口なところも似てい…

大西克禮『美學』上下巻(弘文堂 1959-60 オンデマンド版 2014)フモール(有情滑稽)のある美学

通読完了直後の印象をまず書き留めておくと、崇高と美とフモール(「ユーモア、有情滑稽」)の基本的カテゴリーから語られる大西克禮の美学体系は守備範囲が広く今なお有効である。特にフモール論はデュシャン以降の現代美術やコンセプチュアルアートなどに…

ポール・クローデルの詩作とモーリス・ブランショによる詩人論「クローデルと無限」 安息と創造の賞揚

2020年現在、ポール・クローデルの詩を日本語訳で読むのはなかなか難しい。日本とのかかわりも深い元日本大使の詩人の扱いとしていかがなものかと思いはするが、読者がつかないのだろうから資本主義の世の中では致し方がない。あとはクローデル好きの現…

ポール・クローデル『詩法』(原書1900-1904, 齋藤磯雄訳 1960, 1976 )呼吸としての詩、カトリック詩人の濃密な世界観

共鳴器としての人間。豊かな世界の中で出会うもの触れるものに応じて楽音を響かせる。詩の方法、詩の技術というよりも哲学的散文詩といったものに近い。詩を語りながら人間を語っているようで深い。詩の司祭による最高級の教説。呼吸としての詩。 【時間の認…

【ハイデッガーの『ニーチェ』を風呂場で読む】06. 戦闘 ハイデッガーのきな臭さ

ハイデッガー『ニーチェ』の原書は1961年の刊行。実際に講義が行われたのは1936~1937, 1939, 1940の期間。ナチスとは距離をとったと言われている時期ではあるが、どうにもきな臭い。 プラトニズムと実証主義における真理 ニーチェがニヒリズムの根本経験か…

本居宣長『石上私淑言』(1763 34歳)「もののあわれ」に「詞の文」をまとわせる

いそのかみのさざめごと。27歳の時の『排蘆小船(あしわけをぶね)』を展開させたもの。内容はほとんど変わらないが引用歌がふんだんで門人たちには学びやすいものになっていただろう。同年五月、尊敬する賀茂真淵と会見し、十二月に入門。古事記伝に舵を切…

本山幸彦『人と思想 47 本居宣長』(清水書院 1978, 2014) 歌論から古道、儒教批判へ

1757年、宣長28歳、京都での遊学を終え松坂に帰ってのちに賀茂真淵『冠辞考』を読んだことが、王朝文学から古事記へと向かい、儒教批判論者としての骨格を固めていった決定的な出来事であった。出会うべくして出会った作品であり師である。真淵の死も…

本居宣長『紫文要領』(1763 34歳)「もののあわれ」で語る源氏物語論

もっぱら平安古典を読みひたり、人の情の本来的姿を観想する。生産性や効用や能率などで評価されないよわく愚かしいこころの動きを愛おしみ伸びやかにさせる。言葉によるこころの浄化と保全の運動、といったら「漢心」っぽくなってしまうだろうか。 すべて人…

本居宣長『排蘆小船』(1756頃 27歳)青年宣長二〇代の挑戦、心の弱さと非合理を肯定する「もののあわれ」論

あしわけをぶね。鬱陶しいまでにさかしらな批評の言葉が生い茂っている歌界の蘆原を私は「もののあわれ」という小船で渡っていきますという宣言の歌論。 歌の道は善悪のぎろんをすてゝ、ものゝあはれと云ふことをしるべし(p55) 人の情のありていは、すべて…

ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』(原書1930, 1953 岩波文庫 2006)

批評は科学というよりも芸道で、学んだからといって誰もが道具や技術を獲得できるわけでなく、読解のセンスがものをいう。だから批評自体が面白く、扱っている対照が魅力的に見え、読者に自分も読んでみたいと思わせることができたら成功だ。エンプソンの『…

大江健三郎『読む人間』(集英社 2007, 集英社文庫 2011)

大江健三郎の読書講義。 2006年に池袋のジュンク堂で行われた6本の講演と、同じく2006年に映画「エドワード・サイード OUT OF PLACE」完成記念上映会での講演に手を入れて書籍化したもの。執筆活動50周年記念作。 現代日本の読書人であれば一冊くらい大江健…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料:出版年代順

日本語で読めるエリオットの詩と散文を出版年代順に一覧化した資料。 彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースに表形式で一覧化。劇詩(キャッツ、カクテル・パーティー、寺院の殺人)はとりあえず除外。詩の翻訳(特に「荒地…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料(CSV形式)

彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースにエリオットを読みすすめるための資料。CSV形式で保存後利用できるように加工。項目は邦訳題,原題,出版年,訳者,収録書籍,作品区分,資料通番の七つ。劇詩(キャッツ、カクテル・パーテ…

T・S・エリオット(1888~1965)の詩と散文 読書資料:翻訳書籍別

彌生書房のエリオット選集(1~3巻)と思潮社のエリオット詩集をベースにエリオットを読みすすめるための資料。原題、出版年、訳者等のデータを表形式で一覧化。劇詩(キャッツ、カクテル・パーティー、寺院の殺人)はとりあえず除外。訳詩はいろいろ出て…

ホラーティウス『書簡詩』(2017 講談社学術文庫)

『書簡詩』全二巻、文庫版として初の全訳(第1巻全20歌、第2巻全3歌)。ネット上での訳の評判は上々。電子版もあるようなので読めなくなるということはないだろうが、紙の本が好みの方は手に入れられるうちに購入しておいたほうがよいかと思われる。 伝統的…

世阿弥の「花鏡」(かきょう) 各段詞書+主要部分抜き書き

世阿弥花鏡(かきょう)1424 日本の芸術論の一頂点を概観する。 段落詞書 よみ 主要部分抜き書き 一調二機三聲 いっちょうにきさんせい 調子をば機にこめて、聲を出す 動十分心動七分心 どうじゅうぶんしんどうしちぶしん 心を十分に動かして身を七分に動か…

アウエルバッハの『ミメーシス』第1章「オデュッセウスの傷跡」 ホメロスと旧約聖書

エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス』 筑摩書房 ミメーシス (上) / E・アウエルバッハ 著, 篠田 一士 著, 川村 二郎 著 1946, 1953(英訳), 1967(筑摩叢書版), 1994(ちくま学芸文庫) ホメロスと旧約聖書とにおける文体と世界観の対比。 相対立…