読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

時枝誠記『国語学原論 ―言語過程説の成立とその展開―』(上・下)(岩波書店 1941, 岩波文庫 2007)見えないもの聞こえないものを掴む思考力、「零記号の陳述」

自然科学的構造分析を用いるソシュール系の言語理論に対して、時枝誠記は言語は主体的な表現活動そのものであるとする「言語過程説」という立場に立つ。発話者と聴取者が必ず出て来るウィトゲンシュタイン言語ゲームの理論とも親和性があるようにも思える。常に言語使用者の行為という場所から言語が検討されているため、文芸等の表現を検討するのにも有効な言語理論でありそうだ。実際、最終章は「国語美論」と美学の領域にも踏み込んでいるので、頼もしい。
論考全般もいたるところに読ませる文章がちりばめられていて飽きさせない。

言語が何等か内容的なものをもたねばならないと考えるのは、構成的見地であって、言語はその様に或る物を背負って運ぶ処の伝達者として意味を持っているのでなくして、譬えていえば、為替の様なものである。金銭は為替に伴われて持ち運ばれるものではなく、只相手方に金銭が支払われることが要求されるに過ぎないものである。言語によって表現される素材は、為替における金銭と同様に、概念であり、表象であり、事物であるに違いないが、言語はこれらの内容から成立しているのでなく、これらを素材として、それに対する主体的把握の表現から成立している。
(上巻 第一篇 総論 八 言語の構成要素と言語の過程的段階 二「概念」 p120 )

今回、時枝誠記の本を読んでみて、私がいちばん新鮮に感じたのは「零記号の陳述」という視点。音声記号や文字記号が省略されていると考えられる統一された陳述文というところから、例えば芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」の体現止め表現を文として分析したりしている。日本語に関心がある人なら読んで損はない。

 

www.iwanami.co.jp

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【付箋箇所】
上巻:
9, 47, 82, 106, 120, 122, 138, 155, 157, 170, 187, 221, 233, 262, 271, 273, 274, 280, 294, 305, 311, 321, 324
下巻:
12, 13, 15, 17, 37, 45, 46, 49, 52, 72, 73, 76, 217, 224, 255

目次:
第一篇 総論
一 言語研究の態度
二 言語研究の対象
三 対象の把握と解釈作業
四 言語に対する主体的立場と観察的立場
五 言語の存在条件としての主体,場面及び素材
六 フェルディナン・ド・ソシュールFerdinand de Saussureの言語理論に対する批判
 一 ソシュールの言語理論と国語学
 二 言語対象の分析とlangueの概念の成立について
 三 「言」paroleと「言語」langueとの関係
 四 社会的事実fait socialとしての「言語」langueについて
 五 結
七 言語構成観より言語過程観へ
八 言語の構成要素と言語の過程的段階
 一 文字及び音声
 二 概念
 三 言語の習得
 四 言語に対する価値意識と言語の技術
九 言語による理解と言語の鑑賞
十 言語の社会性
十一 国語及び日本語の概念 附,外来語
十二 言語の史的認識と変化の主体としての「言語(ラング)」の概念

第二篇 各論
第一章 音声論
一 リズム
 イ 言語に於ける原本的場面としてのリズム
 ロ 等時的拍音形式としての国語のリズム
二 音節
三 母音子音
四 音声と音韻
五 音声の過程的構造と音声の分類
第二章 文字論
一 文字の本質とその分類
二 国語の文字記載法(用字法)の体系
三 文字の記載法と語の変遷
四 表音文字の表意性
第三章 文法論
一 言語に於ける単位的なるもの――単語と文――
二 単語に於ける詞・辞の分類とその分類基礎
 イ 詞・辞の過程的構造形式
 ロ 詞辞の意味的聯関
 ハ 詞辞の下位分類
 ニ 辞と読むべき「あり」及び「なし」の一用法
 ホ 辞より除外すべき受身可能使役謙譲の助動詞
 ヘ 詞辞の転換及び辞と接尾語との本質的相違

第二篇 各論
第三章 文法論(承前)
三 単語の排列形式と入子型構造形式
四 文の成立条件
 イ 文に関する学説の検討
 ロ 文の統一性
 ハ 文の完結性
 ニ 文に於ける格
 (一) 述語格と主語格 附,客語補語賓語等の格
 (二) 主語格と対象語格
 (三) 修飾格と客語及び補語格
 (四) 独立格
 (五) 聯想
 (六) 格の転換 
第四章 意味論
一 意味の本質
二 意味の理解と語源
三 意味の表現としての語
第五章 敬語集
一 敬語の本質と敬語研究の二の領域
二 言語の素材の表現(詞)に現れた敬語法
 イ 話手と素材との関係の規定
 ロ 素材と素材との関係の規定
四 詞辞の敬語的表現の結合
第六章 国語美論
一 音声の美的表現
二 語の美的表現
三 懸詞による美的表現
 イ 懸詞の言語的特質
 ロ 懸詞による表現美
 (一) 旋律美
 (二) 協和美
 (三) 滑稽美

時枝誠記
1900 - 1967