読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジャン・カヴァイエス『構造と生成Ⅱ 論理学と学知の理論について』(原著 1947, 月曜社 古典転生5 近藤和敬訳 2013)

ジャン・カヴァイエス(1903-1944)の名前を知ったのはつい最近のことで、図書館の検索システムで書名にスピノザと入れて見ていたところ、近藤和敬著『〈内在の哲学〉へ カヴァイエスドゥルーズスピノザ』(青土社 2019年)という検索結果に目が止まったのがはじまりだった。ドゥルーズスピノザも素人読みではあるが私がたいへん刺激を受けている哲学者であるのあが、カヴァイエスという人は全く知らなかった。少なくとも記憶に残るような出会いは今までしていなかった。日本ではウィキペディアにも記載がないくらいの人だ。

気になったら、それを借りて読めばいいだけのはなしだが、500ページもあるし、カヴァイエスという人について何も知らない状況で人の意見(近藤和敬についても何も知らない)を聞くよりも、手頃なヴォリューム感の訳書があるならそちらをはじめに自力で読んでみたほうがいいだろうと思い立ち、調べた結果、全186ページの本書が挙がってきた。近藤和敬が訳者で解説を書いているというのも、願ったり叶ったりのことであった。

以下に引用するのは、カヴァー見返しの月曜社編集によるジャン・カヴァイエスの紹介の前半部分。

1903年3月15日にフランスの古都サンメクサンに生まれ、1944年2月17日にアラスにおいてドイツ軍によって銃殺刑に処された。バシュラールやカンギレムらと並ぶ、20世紀フランスを代表するエピステモローグである。数理哲学者であり、レジスタンスの闘士でもあった。その科学認識論はアルチュセールフーコーデリダをはじめ、フランス現代思想に多大な影響を与えてきた。

すごい人物でありそうなのは交流や影響関係に出てくる人物の名前で分かり、期待も高まるのだが、「数理哲学者」というところにいささか不安をかかえつつ読みはじめてみた。本論考はカヴァイエスの遺稿で、本書における本編分の分量は58ページ。横書きではあるが数式が出てくるわけではないので理数系の議論が苦手な人でもとりあえずは文面を追うことができる。序文を書いているカンギレムやバシュラールにしてから読解するには努力を要すると言っているのだから素人は分からなくて当たり前、雰囲気だけ感じられればいいという程度の気分での読書であった。

読み通した結果、カヴァイエスの思考にも人生にも衝撃をうけ、また近藤和敬のカヴァイエス愛にも打たれて、二周した。

『論理学と学知の理論について』は、レジスタンス活動によって投獄されているなか書かれた、学知の理論としての「概念の哲学」の創設するための宣言の書。本論考を書き上げたところで脱走し、再びレジスタンス活動を行っているなかドイツの諜報機関により拘束、投獄後、自分の身元を明かすことないまま銃殺されてしまう。スピノザ主義者を自称したカヴァイエスは、次の言葉を残している。

私はスピノザ主義者である。死を前にして抵抗し、戦い、立ち向かわなければならない。つまり、真理、あるいは理性がこのことを要求しているのである。
(訳者解説 カヴァイエスの生涯と思想 p152)

真理の要求するところに従って生きる、学問する。カヴァイエスの『論理学と学知の理論について』は、意識の本源的な駆動力に目を向けさせ、目を見開かせてくれる、とびっきりの論考だった。

意識は、他のもろもろの意識が属している諸観念(デジデー)の内的紐帯によってのみ、その他もろもろの意識(これは意識の別の契機と呼ばれがちであるのかもしれないが)と結びつく。進展は実質的(マテリエール)であり、あるいは特異な諸本質のあいだにある。そしてその進展の駆動力は、それぞれの特異な本質の乗り越え(デパッスマン)の要求である。学知の理論をあたえるのは、意識の哲学ではなく、概念の哲学である。
(本篇第3部 p67 )

ひとつの概念からそれを乗り越えるもうひとつの概念へ、精緻さと対応領域を拡げていく学知自体の運動にコミットしていくことが要請されている。

論考の流れについては、訳者解説の各章題が簡便に教えてくれている。
3-1 第1部:形式と内容の不可分性
3-2 第2部:「合理的な連鎖の理論」の構築に向けて。「パラディグム」と「主題化」
3-3 「論理実証主義」の論理学。カルナップの「純粋構文論」
3-4 カヴァイエスの「合理的な連鎖の理論」とカルナップの「純粋構文論」のあいだの差異。記号と作用の問題
3-5 第3部:フッサール現象学」における「学知の理論」
3-6 「現象学」における「学知の理論」のふたつの困難:「超越論的論理学」と「還元可能性の原理」
3-7 カヴァイエスの学知の理論

フランスへのフッサール現象学の導入者でもあるカヴァイエスが、現象学批評を行ないつつ、自らの学知の理論を圧縮提示した早すぎる遺稿

getsuyosha.jp

【付箋箇所】
一周目:18, 31, 43, 53, 59, 61, 96, 102, 121, 135, 145, 152
二周目:5, 8, 11, 12, 13, 23, 26, 28, 42, 52, 54, 57, 63, 67, 73, 91, 101, 103, 105, 119, 131, 142, 147, 155, 178

目次:
論理学と学知の理論について
 初版に付された編者の緒言
 第2版[1960年]に付された序文
 第1部
 第2部
 第3部
 原注
 訳注
訳者解説 カヴァイエスの生涯と思想
 1 孤独な英雄の魂(カヴァイエス略伝)
 2 カヴァイエスによる数学の哲学とその広がり
 3 『 論理学と学知の理論について』の解説
 4 むすびにかえて
 解説注
 引用・参照文献一覧
 カヴァイエス著作一覧
訳者あとがき

ジャン・カヴァイエス
1903-1944
近藤和敬
1979 -