読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

江川隆男『すべてはつねに別のものである <身体―戦争機械>論』(河出書房新社 2019)


「人間本性の変形や物の存在の価値転換」という革命を準備し実践するのが哲学の使命だとする江川隆男の2010年代の論考を中心に集めた一冊。大冊『アンチ・モラリア <器官なき身体>の哲学』(河出書房新社 2014)と『スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために』(法政大学出版局 2019)前後に書かれた論考で、比較的短くはじめての読者にも参入しやすい本になっている。たとえば「ニーチェの批判哲学 ―― 時間零度のエクリチュール」は河出文庫ドゥルーズニーチェと哲学』の訳者解説であり、「機械論は何故そう呼ばれるのか ―― フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』」はガタリの著作の書評であったりするために、対象作品への導入も考慮されていて、比較的わかりやすい。また一貫して革命を担う「遊牧性」を持った<来るべき民衆>を将来し有効な武器を与えることに心を砕いていることもあって、読者側からの接近に対してもわりと寛容な面を見せている。

遊牧性とは、非‐加速的な平滑空間を占拠しつづけることである遊牧民は、こうした意味においてそれ自体でより多く<来るべき民衆>である。生成変化なき加速は、単なる未来を改めて目的論化しただけの愚鈍な思考以外の何物でもない。(中略)というのも、来るべき民衆は、自由意志の特権を剥奪し、意志の自由と知性の必然とを一致させ、意志なき知性の不可能性を告発する外部性の形相だからである。すべての<民衆>、つまり身体を以って存在する限りでの人間は、何よりもマイノリティとして定義されなければならない。
(Ⅰ 現前と外部性 ―― 非‐論理の革命的思考について [Ⅱ:問題構成]図表論的総合 ―― いかにして言語から言表作用を抽出することができるか 図表論的機能素(Ⅶ)――生成の原理となる<来るべき民衆> p64 太字は実際は傍点)

引用はドゥルーズ=ガタリの『千のプラトー』から展開された論考の部分で、スピノザの心身並行論の身体側からの視点の強調がされている部分でもある。「身体を以って存在する限りでの人間」であって「身体を持って存在する限りでの人間」ではない。延長属性の生成産出になる身体と身体を以って存在する人間の言語と言語によって生まれる諸々の活動という論点の強調が本書の特徴である。マイノリティの連合がどのようなものかまでは語られていないが、<来るべき民衆>としてまずは個々人が「マイノリティ」であることの必然性と孤独を自覚し恐れないことを推奨するというところまでは伝わってきたような気がする。

本書でもうひとつ特徴的なのはドゥルーズ=ガタリのうちでガタリの存在の重要性をピックアップし、ガタリのどの著作を重点的に参照すべきかを指摘しているところ。独自の概念を連打してくるガタリの著作は、文面を追うだけでもクラクラしてきて私にとってはなかなか手に取る気持ちが起こりにくいたぐいの本なのだが、本書はしっかりガタリの著作への道を開いてくれていた。ありがたい。

※余計な感想:スピノザに関わるとみんな「革命」を語りたくなるのね。スピノザ自身には凍てついた情熱というか、存在に停止はないという量子力学の理論にも似た限界認識だけが整然とあるような印象を受けるのだけれど・・・(読みが足りないだけなのかも)

www.kawade.co.jp

【付箋箇所】
15, 34, 41, 45, 46, 49, 54, 58, 63, 64, 70, 77, 81, 84, 86, 102, 115, 126, 129, 135, 139, 163, 165, 181, 186, 189, 191, 192, 195, 208, 210, 215, 217, 223, 234

目次:

序文

Ⅰ 現前と外部性 ―― 非‐論理の革命的思考について
 序論 ―― <非]論理>の唯物論はいかにして可能か
 [Ⅰ:問題提起]発生する変形的諸要素 ―― どのように言語から媒介的特性を除去することができるか
 [Ⅱ:問題構成]図表論的総合 ―― いかにして言語から言表作用を抽出することができるか
 [Ⅲ:問題実現]観念の非‐言語的力能 ―― 身体の一属性として言表を作用させること
 結論に代えて ―― 革命機械としての哲学)

Ⅱ 哲学あるいは革命
 ニーチェの批判哲学 ―― 時間零度のエクリチュール
 機械論は何故そう呼ばれるのか ―― フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』
 脱領土性並行論について ―― ガタリと哲学
 <脱‐様相>のアナーキズムについて
 脱‐様相と無‐様相 ―― 様相中心主義批判
 ディアグラムと身体 ―― 図表論的思考の系譜について
 破壊目的あるいは減算中継 ―― 能動的ニヒリズム宣言について
 最小の三角回路について ―― 哲学あるいは革命
 論理学を消尽すること ―― ニーチェにおける<矛盾‐命令>の彼岸
 <身体‐戦争機械>論について ―― 実践から戦略へ

あとがき

 

江川隆男
1958 -

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com