読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

末木文美士『『碧巌録』を読む』(岩波書店 1998, 岩波現代文庫 2018)

岩波文庫の『碧巌録』全三巻は1990年代の最新研究を取り入れた画期的な新釈でおくる文庫本として広く受け入れられたらしいが、実際に手にとってみると、読み下し文と注から読み解くべきもので、現代語訳がなくなかなかハードルが高い。図書館で取り寄せやすい筑摩書房の世界古典文学全集36B『禅家語録Ⅱ』で現代語訳で全百則を読み通してみたものの、雰囲気を感じ取れただけで、禅語録の独特のスタイルに慣れていないこともあって、実際のところどのように意味をとったらよいのか途方に暮れてしまった。そこで本書、末木文美士セミナー本を読んでみた。
編集訳注に関わった岩波文庫の『碧巌録』刊行後から岩波書店『現代語訳 碧巌録』を準備していた間に行われた岩波市民セミナーの「『碧巌録』を読む」の全四回分の講義をテキスト化したもの。『碧巌録』という書の簡単な紹介のあとで、第一側から順に第四則までの内容を、テキストに添って、言葉を発した人物ごとの狙いを一語一語解釈し、悟りとはちょっと距離がある一般読者層にも納得いくような読み解きを提示してくれている。
先日読んだひろさちや超訳 無門関』でいわれていた禅語の超言語性というものを、日常言語体系の解体と解体後の再生成による超克という視点から、ひとつひとつ読み解いていく。禅僧同士の問答や教示であれば、実参実究をさまたげることもある必要以上の老婆親切とやり込められるであろうところを、仏教学者の立場から『碧巌録』の現代性を一般知識層に向けて提供し、端的に普及に努めているところが知的関心によりよく浸透してくる。分からないものをまずは分かるように。『碧巌録』に収録されている古則も本来は問答が起こった場面と時代状況から意味が取りやすかったものが、時代が下るにしたがってより抽象的より難解な意味を込めようとして複雑化したことも指摘しながら、すべてを解剖してくれている。四則しかないのが大変残念なところであるが、百則全部の読解をお願いしたら、あと二十四冊分のセミナーが必要となるので、そこは無理をいわず、自分なりに末木文美士的に読めるように訓練していくべきだと思った。

ちなみに筑摩書店の『禅家語録Ⅱ』収録の『碧巌録』で付箋した本則は
第二十七則 雲門体露金風
第二十八則 南泉不説底法
第二十九則 大隋劫火洞然
第三十一則 麻谷両処振錫
第四十七則 雲門六不収
第七十七則 雲門餬餅
第九十四則 楞厳不見時
第九十四則 長慶二種語

果たして、よりよく読めることができるようになるだろうか。

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【付箋箇所】
6, 28, 58, 81, 88, 94, 99, 113, 115, 117, 129, 176, 194, 222, 226, 238, 240, 243, 271

目次:
第一講 禅の根本問題
 1 『碧巌録』というテキスト
 2 達磨,武帝をやりこめる(第一則)
 3 「無」の世界
第二講 禅の言語論
 1 言語における意味の剝奪
 2 趙州の最高の道(第二則)
 3 言語をめぐる問答
 4 道元の言語論
第三講 禅の存在論
 1 言語と存在
 2 露呈する世界
 3 馬大師の病気(第三則)
 4 解体する世界と「私」
第四講 禅の人間論
 1 禅における主体と自由
 2 禅における他者
 3 潙山と徳山の果たし合い(第四則)
 4 対他性と倫理
 5 質疑応答
補 講 改めて『碧巌録』を読む
付 録
 1 『碧巌録』全一〇〇則標題・登場人物一覧
 2 現代語訳で読める禅語録


末木文美士
1949 -