読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

塚本邦雄『新撰小倉百人一首』(講談社文芸文庫 2016, 文芸春秋社 1980)

塚本邦雄60歳の記念として、定家の「百人一首」を超える「百人一首」をと念じ、世に問うた一冊。『新古今和歌集』の象徴の美を愛し、『新勅撰集』や「百人一首」を「無味淡白、平懐単調」に憤りを感じている著者が、「百人一首」と同じ歌人同じ配列で、「新古今」的象徴美が薫るアンソロジーを新たに編んでいる。丸谷才一の『新々百人一首』(1999)よりも20年ほど前に完成し刊行されていて、「百人一首」という形式に倣い新たな切り口で歌の世界を拡げるという定家に親和的な方向性ではなく、定家との対決姿勢を強く打ち出しているために、独特の緊張感があふれているのが塚本版「百人一首」の大きな特徴となっている。自身の撰歌を冒頭に掲げ、その歌の評から歌人評へと移り、最後に定家の撰歌と定家の撰の評を付けるという構成。基本的には定家撰を否定し、歌人の本来的資質の最もよく出た秀歌を選び直している。その新たな撰歌と定家撰への不満については、深く納得することもあるし、よく呑み込めないものもまた出てきたりもする。歌作開始から40年にもなろうとする前衛短歌の旗手の審美眼による容赦のない評言に、読者としての自分の理解が届かない場合もあるのだが、分からないことが多いことに比例して、また感嘆関心して学びになることもまた多い。歌人評のなかには塚本邦雄が評価する歌が一歌人ごとに10首前後引用されていて、著作全体では1000首程度の代表歌が読める、読み応えのある詞華集にもなっている。「百人一首」で歌と名前はなんとなく知っていても、その歌人がどのような傾向の歌を詠んでいた人物なのかというところまでは知らない場合が多い私のような読者に向けては、個々の歌人により関心を持たせてくれるすぐれた導入ともなっていた。

※以下引用、実際は正字正仮名

[中納言家持]
うらうらに照れる春日に雲雀あがりこころ悲しも獨(ひとり)し念へば

[坂上是則]
水底に沈める花の影見れば春は深くもなりにけるかな

[曽禰好忠]
妹(いも)とわれねやの風戸(かざと)に昼寝して日高き夏のかげを過(すぐ)さむ

[大納言経信]
雪払ふ比良(ひら)の嵐に月冱えて氷かさぬる真野(まの)の浦波

[順徳院]
おきまよふ暁の露の袖の上を濡れながら吹く秋の山風


全体としては正月にかるたをして遊べるような雰囲気ではなく、より深く心にしみて動きが止まってしまうような幻想的雰囲気の100首といった印象だ。

bookclub.kodansha.co.jp

 

塚本邦雄
1920 - 2005