読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

橋本不美男訳校注「俊頼髄脳」(小学館『新編日本古典文学全集87 歌論集』2002)

「俊頼髄脳」は源俊頼(1055-1129)が時の関白藤原忠実の依頼で、のちに鳥羽上皇に入内し皇后康子となる娘勲子のために著した歌論書。成立は1113年ころ。歌論集としてはかなり初期のもの。

社交のツールとして頻繁に使われていた和歌についての素養を身につけるために、作歌と解釈を実例を挙げながら手ほどきしたもので、専門的な歌論書というよりも歌に関する教養書という趣が強い。社交の道具としての和歌において、知っておくべきことと知っておいたほうがよいこと、故事と歌作の関連性、歌作における心構えと愛好心の醸成、学びを深くしていくべき方向性などを伝えようと、比較的ざっくばらんに書かれている。全5巻。一息に読めるような分量ではなく、繰り返しひも解いて歌を習慣として身につけるように導こうという意図が感じとれる。また、俊頼は筆を持つと止まらなくなるタイプの人であったのかもしれない。私歌集「散木奇歌集」も全10巻、1622首と、個人の歌集としてはかなりの規模のものを残している。

「おほかた、歌の良しといふは、心をさきとして、珍しき節をもとめ、詞をかざり詠むべきなり」と良歌を生み出す心構えを説くが、実際には歌に用いられる歌語の意味、常道として用いられる掛詞の幾多のパターン、不吉であるがゆえに避けるべき言葉の例などを実例を挙げながら解説しているために、基礎的な礼儀や鑑賞と実作を焦点化している傾向が強く、俊頼が秀歌を選りすぐってその技巧や内容を分類解説している傾向は弱い。比較的多くの和歌が引用されているにもかかわらず、感心するような歌がわりと少ないのも、歌作と解釈が求められるケースに沿った実践的なサンプルが取り上げられているためもあるのだろう。読み手の水準に合わせて書いているところもあるだろう。俊頼爺やが老婆心をもって記した手引書のような印象だ。

 

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【付箋箇所】
41, 64, 142, 158, 173, 189, 227, 233, 239, 240


源俊頼
1055 - 1129
橋本不美男
1922 - 1991