読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ベルトルト・ブレヒトの詩の本2冊 ブレヒトコレクション3『家庭用説教集』(原著 1927, 晶文社 1981 訳:野村修, 長谷川四郎)、大久保寛二『ベルトルト ブレヒト 樹木を歌う』(新読書社 1998)

現代文学において詩というと抒情詩を思い浮かべるのが常ではあるが、しばらく前までは物語詩や叙事詩、劇詩のほうが一般的であったといってよいだろう。ホメロスウェルギリウス、ダンテ、シェークスピア、ミルトン。日本でいえば平家物語世阿弥金春禅竹の能、人形浄瑠璃や歌舞伎の台本など、韻律を持った創作のほうが高尚且つ一般的なものであったろう。20世紀の突出した劇作家であり理論家であったベルトルト・ブレヒトは、最初期の詩作から創作劇的な内容を持った詩を得意としていたことから、伝統的詩人の才能を持った現代的表現者であると考えられる。

『家庭用説教集』は著者29歳の時にはじめて商業的に刊行された第一詩集で、10代後半から20代全般にかけての青少年期のブレヒトの感覚から生み出された表現が迸るように、それと同時にアイロニカルに提示されている。早熟の詩人であり社会批評家でもあるブレヒトが詩集から立ち現れて、人生の悲哀や汚れや滑稽さやらを教えられるという、ある程度年齢のいった年長読者にとっては落ち着きの悪い感覚、詩人への讃嘆と羞恥が混在する読書の時空がひろがっていくが、ブレヒトに共感し影響を受けて出発していった人々が続出したことも同時に得心することができる。本篇51作品に付録3作品からなる詩集。そのうち特に気にかかった詩篇は「赤軍兵士の歌」「息づかいの礼拝式」「木のグリーンによせる朝の挨拶」「洗濯物をたたみながら、汚れっちまった無垢のうたう歌」「誘惑に乗るな」「歯のわるいうしろめたさについて」。訳はすこし中原中也に誘導しているような感じもある。

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【目次】
第1章 樹は独り立つ
第2章 樹を襲うもの
第3章 君たち、樹に登れ
第4章 男、森に死す
第5章 樹に語る
第6章 樹の中に生まれる
第7章 背後の黒い森
第8章 大好きなスモモの樹


『ベルトルト ブレヒト 樹木を歌う』は立教大学でドイツ語ドイツ文学を教えていた大久保寛二による樹木にまつわるブレヒト詩の翻訳と解説の書。第一詩集『家庭用説教集』への言及が多く、ブレヒトの文学者としての出発点や本来的資質のようなものについてわりとよく伝わってきた。ブレヒト諧謔と風刺とロマンチックで劇的なものへの熱烈な志向と、ブレヒトに寄せる研究者の愛がじんわり伝わってくる書物。初期の戯曲『バール』への言及も目立つ。読みどころは著者が論考に必要として自分で訳したブレヒトの詩のいくつか。なかでも「火宅についてのブッダの譬え」(p89-80)「森の中の死」(p84-91)は一番の読みどころではないかと思う。

 

ベルトルト・ブレヒト
1898 - 1956
野村修
1930 - 1998
長谷川四郎
1909 - 1987
大久保寛
1930 - 2004