読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

イヴ・ボヌフォワ『ジャコメッティ作品集 ―彫刻・絵画・オブジェ・デッサン・石版画―』(原著 1991, 訳:清水茂 リブロポート 1993 本体37500円)

20世紀のフランスを代表する詩人のひとりイヴ・ボヌフォアの重厚なテクストとともにアルベルト・ジャコメッティの生涯と創作の軌跡をたどることができる充実した作品集。

本書は20年ほど前に池袋西武の三省堂美術洋書コーナーにて9000円くらいで購入して所有している英訳本(2001年刊)と同じ原本の日本語訳版。値段が高いのは日本語という言語の領域の狭さ故仕方ないことだが、翻訳時期の早さという点では目を見張るものがある。2024年現在、出版社リブロポートは存在せず、日本語版は新刊書店では手に入らない書籍に属するとはいえ、ボヌフォアとジャコメッティの組み合わせによる書物の存在がほとんど知られていないということはかなり惜しい。私自身も本書を手に取るまでは、ボヌフォアのテキストはきちんと読もうとはせず、ジャコメッティの作品の図版ばかり眺めているような状態であったが、多言語に翻訳されているくらいのテクストは、やはり読んでおいて損はないと、今回あらためて思った。ざっと比較して見たところページ構成も同一であるので、日本語版と英語版を比べて読みかつ鑑賞することも可能であるようなので、今後とても助かりそうである。

イヴ・ボヌフォワの詩人としての名声・実力については日本語版であれば清水茂の訳者あとがきに『光なしに在ったもの』のなかの一篇「別れ」全55行が訳されているのでそれを見ていただきたい。この詩篇を読むだけでも、分厚く重たい本書をとりあえず手に取ってみた甲斐があると思えるだろう。清水茂の丁寧な案内があるにもかかわらず、ボヌフォアの詩は、ジャコメッティの芸術家としての生涯を描く本篇テクストどう切り結んでいるのか、すぐには腑に落ちる答えがでてこないけれど、ジュネやサルトルなど、言語を活動の領域とする巨人たちが等しく興味を持った芸術家の特異性については似たような反応を示しているのだろうという感触は受けとった。

左右二段組みで本篇全573ページ。文庫本にしたら全四巻くらいのボリュームにはたじろぐが、大きめの図版でジャコメッティの生涯の作品を基本的に制作年度順に追っていけるところはうれしい。図版のみでもかなりしっかりとジャコメッティの創作の特徴に触れることが可能で、その独自性に撃たれて創作者の世界観からしばらく逃れられなくなることは間違いない。

絵画や彫刻の標準的表現の枠組みを保留して、全身で知覚する状態での見えるがままを再現しようとするジャコメッティの苦闘。印象派からキュビズムシュルレアリスムなどの表現を経て独自の具象表現にいたる過程はこの作家独特のものがあり興味深い。つねに新しい知覚と対象に対しての都度都度の印象を感覚的な統合表現として造形し定着している。見るものと見られるもとのそれぞれの張力・生命力が、表現として固定することをなかなか許さないところに自然から表現者に対しての告発があるのだろう。型にはまっているだけで実際に見えているものには表現が届いていないという対象からの告発に忠実な芸術家の典型としてのジャコメッティの姿がページを追うにしたがってもても強く浮かび上がってくる。

 


【目次】
第1章 暗い石
第2章 ジョヴァンニのアトリエで
第3章 イタリアの旅
第4章 当代の修業
第5章 アヴァンギャルドとの出会い
第6章 シュールレアリスムの時代
第7章 現存の綜合
第8章 決断の年どし
第9章 大作
第10章 光の体験

【付箋箇所 右a, 左b】
19, 27, 43, 48b, 49b, 53b, 58b, 62b, 71b, 73a, 74, 75, 88b, 102b, 105b, 173a, 175b, 181b, 185b, 191a, 197b, 204a, 206a, 209a, 212a, 222b, 238b, 244a, 262, 264a, 268a, 272b, 273, 276a, 294, 306, 310, 312a, 331, 339, 342, 353a, 355, 356, 357, 362, 367, 371a, 387, 392a, 393a, 407, 416, 422, 430, 432b, 440, 442b, 445a, 447a, 448b, 449, 441-461カロリーヌ,464a, 467, 468, 469a, 484b, 488, 492b, 503a, 508, 509a, 510, 512, 514b, 515b, 529, 530, 550, 552a, 554b, 556b, 557, 559a, 562a, 563, 

アルベルト・ジャコメッティ
1901 - 1966

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イヴ・ボヌフォワ
1923 - 2016

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ジョバンニ・ジャコメッティ
1868 -  1933

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清水茂
1932 - 2020

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