『老子』テクストの誕生と受容の歴史を概観する第一部と、『老子』テクストを五つのテーマに分けて代表的な章の読み解きを行なった第二部の二段構成。
第一部では残存する複数テクスト間の差異と歴代の『老子』注釈書の変遷から、成立の経緯と儒教との関係を明らかにしている。また、テクスト解釈の一環として押韻の指摘と「尻取り形式の表現」と呼んでいる文体の特徴を取り上げているところに特徴が見られる。使用語彙の分析から『老子』が南方の地方で発生したものという指摘もあって、一般読者層にも伝わる学問的な面白さもかなりの分量埋め込まれている。
第二部では同一テーマの章句をまとめて、本文、読み下し文、訳文を提示して『老子』解釈を進めている。ここでも押韻の指摘がされていることで原典の詩的音楽性にも注意が向けられていて、意味ばかりではなく思想伝達の技巧の巧みさをも感じ取れるよう配慮がなされている。訳文は著者自身によるもので、複数ある既存の書籍での訳文とくらべると温和な現代口語訳といった印象がある。『老子』80章全訳でなく、共通する部分をいくつかつまんで並べているところも他書と違った面白味があった。
老子の思想は、基本的には無為自然から人工的構築物があふれる拘束の多い世界へと移り変わっていることを指摘する下降史観であっても、その批判の姿勢は必ずしも悲観的なものではない。もとにあるものは覆いで隠れることはあってもいつでも存在する無為自然、尽きない道・タオである。このような根源への帰還の思想を本書はよく表現し得ているのではないかと感じた。
【付箋箇所】
3, 21, 37, 57, 84, 92, 122, 126, 140, 145, 146, 147, 156, 162, 166, 174, 176, 196
目次:
第1部 書物の旅路―中国宗教思想の基軸として
1.『老子』誕生の謎
2.『老子』はどのように読まれてきたか?
3.老子と仏教
4.老子と道教
第2部 作品世界を読む―『老子』のことば 「道」(タオ)の教え
1.「道」から始まる
2.根源の「道」に帰る
3.文明への警告
4.「聖人」の治
5.足るを知り、しなやかに生きる
神塚淑子
1953 -
参考: