質的変換をともなう歴史の層に切り込んでいくのは大変な作業と考えられる。網野善彦は農民を中心にすえてそれ以外の領域で生きる人間に対する眼差しを抑圧する歴史観に掉さして、漁民、狩猟民、職人などの世界の存在を強く主張した日本の歴史学者。今では常識的な見方となったより広範な視野を、常識としてつくりあげ、定着させてきた大人物。
南北朝の動乱ののち、室町期以降、文字がより深く社会に浸透する、都市が成立してくる、呪術性が次第に社会から消えていく、感性に変って理性が優位を次第に占めてくる。その反面、私有が次第に社会の内部に浸透しはじめる。と、同時に、差別の固定化が進む等々、もちろん、一挙に変るわけではありませんが、それ以前の社会とはずいぶん違う現象が前面に出てきます。この変化はやはり民族の体質に関わる大きな転換であると考えざるをえないわけで、それ以前、まだ日本列島にすむ人々がいくつもの民族になる条件のあった時期と比べて、より緊密な民族体が日本に形成されてくる。それを、かりに民族史的な次元での転換と規定してみたらどうであろうかというのが、いまのところ私の考えであります。
(「おわりに」p178)
不可逆的な歴史展開のなかで、ある変容を被ったひとつ前の世界に対する健全な想像力を行使すること。残存資料には限界があり、究極のエビデンスというものがないなかで、可能なかぎり誠実に歴史を描き出そうとした網野善彦の業績は、二十一世紀の現代にあっても大変貴重なものだと思う。
さらには中沢新一の叔父さんとしてのポジションにいつづけていることも、日本の学術界にとってはかなり大きい。
目次:
じめに
第Ⅰ部 中世の平民像
一 平民身分の特徴
二 さまざまな年貢
三 年貢の性格
四 水田中心史観の克服
五 公事の意味するもの
六 「自由民」としての平民
第Ⅱ部 中世の職人像
一 職人という言葉
二 職人身分の特徴
三 遍歴する職人集団
四 櫛を売る傀儡
五 職人としての唐人
おわりに
あとがき
網野善彦
1928 - 2004