読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

トルクァート・タッソ『エルサレム解放』(原著 1575 アルフレード・ジュリアーニ編 1970, 訳:鷲平京子 岩波文庫 2010)

本書はイタリア・バロック文学の古典『エルサレム解放』の本文を交えたダイジェスト版の翻訳で、正確には『エルサレム解放 トルクァート・タッソの原文にアルフレードジュリアーニの語りを交えた長篇叙事詩抄』というタイトルの古典再編集作品である。感覚的には連続ドラマのハイライト版に近い。訳者の解説によれば「全二十歌一九一七連(一連=八行)の壮大な原作の中から、全体の約三分の一にあたる六七四連を巧みに選び出し、鋭い才知とスピード感に満ちた文章でそれらの詩連を語り繋いで、いずれもコンパクトながら鮮烈なイメージの、十九のエピソードに再編した」作品ということになる。編者のアルフレードジュリアーニは、二十世紀イタリア前衛詩をリードした詩人で、タッソの本文を繋ぐための本篇の三分の二を要約した文章には、『エルサレム解放』自体についての批評的な見解も入り込んでいて、読みすすめていると『エルサレム解放』のパロディとしても捉えられるのではないかという印象も生まれてくる。

岩波書店サイトの紹介では「第一次十字軍遠征におけるキリスト教徒と異教徒の英雄たちの激烈な戦いと悲劇的な死,十字軍の勇士と異教徒の女戦士の報われぬ愛,美貌の若武者を虜にする魔女の色香・・・」とあって、どちらかというとシリアスな内容を期待させる表現であるが、キリスト教徒側もイスラムの異教徒側もそれぞれの立場を正統として戦う視点で善悪が固定されることはなく、人間と魔術師・魔女もこころの動きにおいて同一地平にあるものとして描かれていたり、詩の表現においてもキッチュなものやあからさまにメロドラマ調なところがあって、エンターテインメント色が強い戦記ものであり魔法系ファンタジーの味わいに近い。タッソの本文にまず娯楽性があり、ジュリアーニの語りにもまぜっかえしに近い批評性さえふくまれていて独特の抑揚があり、それでいて原典を損なわない複雑で緩急の利いた仕上がりになっている。古典作品ということで想像する堅苦しさは、訳者の優れた仕事も手伝って、ほとんどない。本当の全訳を読んで比較してみたくなる優れた導入書だと思った。

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【付箋箇所】
133, 154, 160, 266, 276, 331, 404, 429, 447, 456, 473, 497, 506, 530, 536, 539, 546

トルクァート・タッソ
1544 -1595
アルフレードジュリアーニ
1924 - 2007