読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

熊野純彦『カント 美と倫理とのはざまで』(講談社 2017)

これはおそらくあとからじわじわ効いてくるタイプの著作である。

初読で雷に打たれるようなタイプの作品ではない。

カントの三大批判を個人全訳した著者による、カントの晩年様式としての著作『判断力批判』の手堅い読解の書。

本書の感触といては、教育者として、基本的にカントの祖述に徹している姿勢にゆるぎないものを感じるとともに、著者独自の思想の展開が見えずらいと思うところが、歯痒いというか、抑制が効いているというか、熊野純彦の個性は見えずらい作品に整えられているように思う。

初出は講談社の月間文芸誌『群像』で、2015年11月から翌2016年11月まで、連載評論(「美と倫理とのはざまで ―カントの世界像をめぐって―」)のかたちで発表された。

一般読者層を想定している文芸誌に一年間連載しているわりには、わかりやすい挑発的な表現が少なく、カントの『判断力批判』の叙述に沿った、比較的地味なテキスト読解に終始しているようにも感じるのだが、これは逆に、カント自身のテキストに読者を否応なく戻して検討を強いる、賢明な手法ではないかと思うに至るのでもあった。

売れ筋ではないけれども、日本でカントの研究をするなら、確実に押さえておくべき一冊。そういった地位にある著作であるだろう。
私が個人的に注目するのは、『判断力批判』における最終目的と究極目的に関する論述部分で、人間という種の存在が最終目的(自然)でありかつ究極目的(倫理)であるというところを、『判断力批判』の構成に忠実に最後に強調したところで、本書を読むことでカント『判断力批判』の印象はより鮮明なものとなってくれることは間違いない。

人間は道徳法則の主体であるがゆえに、他のすべての被造物を超えて、とくべつな地位を世界のうちに占めている。その特権的な位置によって人間は自然の「最終的な究極的目的」にほかならない。
(カント『倫理の形而上学の基礎づけ』より)

人間中心主義的な発想、かつ、進化の過程において人間を超えるものが出てくるということを視野に入れていない発想なので、今現在容易に人間の優位性を信じることはできないように思いはするが、現実的には人間一極の独善的思考からは、そう簡単には免れきれない。

他の種との共生を含め、今後人間がどうしていったらよいかという(道徳的な)指針とともに、最大限(道徳的で個人的な)判断に沿った行動を自由に選択することが許される世界をいかに作り上げ維持するか、人間の可能性とともに必然性として、カントはあるべき世界に向かう強制力を究極的には語っているように思われる。

人間を超える種の出現という可能性はとりあえずおいておいて、現世界における人間の基本スペックを最大限に生かせる世界はいかなるものかを考えるきっかけとするには有効な著作であり、そのことを200年前に誰よりも真剣に考えたカントに繋いでくれる、現状最も優れた導きの書物であることには間違いないであろう。

※日本におけるカント研究の最高峰にいる人物の、数年にわたる講義と、一年間にわたる執筆連載で、ようやく本書レベルの著述に到達できたかと考えると、学問や執筆業というものは、なかなか厳しい世界であるということを、いまさらながら思い知らされずにはいない。

 

bookclub.kodansha.co.jp


【目次】
まえがき
第1章 美とは目的なき合目的性である――自然は惜しみなく美を与える
第2章 美しいものは倫理の象徴である――美への賛嘆は宗教性をふくんでいる
第3章 哲学の領域とその区分について――自然と自由あるいは道徳法則
第4章 反省的判断力と第三批判の課題――美と自然と目的とをつなぐもの
第5章 崇高とは無限のあらわれである――隠れた神は自然のなかで顕現する
第6章 演繹の問題と経験を超えるもの――趣味判断の演繹と趣味のアンチノミー
第7章 芸術とは「天才」の技術である――芸術と自然をつなぐものはなにか
第8章 音楽とは一箇の「災厄」である――芸術の区分と、第三批判の人間学的側面
第9章 「自然の目的」と「自然目的」――自然の外的合目的性と内的合目的性
第10章 目的論的判断力のアンチノミー――反省的判断力の機能と限界について
第11章 「究極的目的」と倫理的世界像――世界はなぜこのように存在するのか
第12章 美と目的と、倫理とのはざまで――自然神学の断念と反復をめぐって
あとがきにかえて――文献案内をかねつつ

 

【付箋箇所】
46,48, 50, 56, 99, 126, 131, 140, 148, 151, 172, 179, 194, 215, 225, 232, 258, 262, 268, 272, 273, 282, 286, 297, 299


イマヌエル・カント
1724 - 1804
熊野純彦
1958 -