読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

キルケゴール『イロニーの概念』(原著 1841, 飯島宗享・福島保夫・鈴木正明訳 白水社 キルケゴール著作集20,21 1967, 1995)

キルケゴール28歳の時の学位取得論文。ソクラテスのイロニーとドイツ・ロマン派のイロニーを二部構成で論じている。分量的には9対2くらいの割合で圧倒的にソクラテスに関する論考が多く、評価もソクラテスのほうが高い。全体としてみると、ソクラテスの根源的な肯定性と無知の自覚による自由の謳歌に対し、ロマン派の根源的な肯定性の欠如と倦怠の支配が対照的に描かれている。根源的なものに対する人間的な無知をよりどころに自由を制限するもろもろの思考や制度の硬直性に揺さぶりをかけるソクラテス的自由が廃れ、ロマン派的イロニーからは本質的な自由と個人を律する倫理性が失われてしまい幼児化する傾向にあることの対照が鮮明に打ち出されている。分量的にも圧倒的に古代ソクラテスを扱っているために近代のロマン派的イロニーの影は薄いがイロニーといっても複数の相貌があることが記憶に残る。ソクラテスという突出した個人の特異性もあるが、古代アテネと近代初頭のドイツという時代的地域的な制約も大きく働いていそうなところにも関心を向けさせる非常に優れた論文。学位取得後論文として書かれたものにしては、とても世俗的で小説的なテクスト。古典的作品を分析的に扱っていることもあってか、古さを感じさせないところにも魅力がある。
ソクラテスについてはプラトンばかりでなくクセノポンやアリストパネスの作品に描かれているソクラテスとも比較参照し、各人によって脚色されたソクラテスと実物に近いであろうソクラテスの像とを切り分けているところが読みどころである。キルケゴールの描いたソクラテス像は柄谷行人が『哲学の起源』で描いたソクラテス像に近いのではないかと思った。自由と正義を貫くために縛りのない私人としての活動に終始した単独者としてのソクラテスと、抑圧するものを自壊させるための手段としての使用したイロニー。無が虚しさではなく開始点としての軽やかさををつねに持ちつづけるような世界観。

 

【付箋箇所】
上巻
34, 73, 75, 89, 94, 117, 122, 147, 164, 173, 180, 209, 217, 222, 229, 234, 243, 249, 257, 
下巻
31, 34, 40, 60, 68, 72, 96, 128, 135, 157, 173, 174, 183, 192, 194, 199, 203, 214, 219, 220, 253, 280, 281, 285, 287, 292, 295, 296, 297, 299

セーレン・キルケゴール
1813 - 1855