読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジャン=バティスト・グリナ『ストア派』(文庫クセジュ 原書 2017, 白水社 川本愛訳 2020)

ストア派の最新入門書。ストア派の歴史と体系を時代区分ごとに論じたコンパクトな学術書で、短期講座のテキスト向き。訳書である白水社版で140ページ弱の分量ではあるが、ストア派の始祖とされる紀元前三世紀はじめのゼノンの思想からはじめて、現代の「認知療法」への影響までを視野に収める、骨太の解説書。ストア派代表的人物の名句や言行の紹介を禁じて、ストア派内で受け継がれる思索とともに、時代が下るにしたがって新傾向として導入された思索の傾向を、体系的に論述しているところに特徴がある。たとえば初期ストア派体系の倫理学を考察する際の資料として提供されている「衝動」の8種の分類表(p70)などは、体系的アプローチからしか出てこない圧縮された情報で、これに触れるだけでも一読一見の価値がある。

21世紀にはいり第三ディケイドになって、ストア派的の考え方の需要は増えているような傾向にあると、近年の出版状況を見て感じている。個人の力の及ばない流れにさらされることの多い変革動乱期に、個人の意志の及ぶ範囲を明視し、その領域に意志の力を傾注することで己の生を整えようとするストア派的考え方に、不安解消の規範を見出そうとする人間の思考傾向があらわれ出ている結果だと思う。

日本では明治期の浄土真宗大谷派の僧侶清沢満之が後期ストア派エピクテトスにいたく影響されていたことがまず思い浮かぶが、ストア派の自制の思想は、鎌倉期に入ってからの禅の流行とも並行性があるように思う。他力でも自力でも、実効性のない妄念からの解放が説かれる所以であろう。意志の自由空間を見極めた後の自在である生と自己責任と自由とを引受けた自裁の時空間の所有。集団的にまとめられてしまうと危うい傾向もあることは否めないが、個人の活動領域においては死守したい自由な領域でもありそうだ。

東西文化に共通して見られる傾向とは別に、日本的な、というよりは、東洋的な思想の及ばないところの思想の特徴として、西洋の合理的な精神の追求の果てに出てくる厳密な分化分類がありそうなことも本書からは感じ取れる。

[人間と宇宙における魂と自然]より
ストア派は、魂とは気息であると主張していた。まず、非物体と物体とが相互に作用することはなく、また、いかなる非物体的なものも物体から切り離すことができないということから、魂は物体であるということが論証される。さらに、魂が気息であるということは、気息が身体を去ったときに動物は死ぬということによって示される。クリュシッポスによれば、「魂は、私たちにとって自然である気息であり、この気息は全身に連続して行きわたっていて、生命の安らかな呼吸が身体のうちにある限り、存在する」。プネウマ(気息)には異なる形式がある。「保持に関する(ヘクティコス)」気息、自然に関する気息、そして魂に関する気息である。「保持に関する」気息とは、命のない物体を維持、あるいは「保持する」気息であり、鉱物や木材、さらに、骨の結合を保っている。自然に関する気息は、栄養摂取と成長を可能にする。
(第一章 ヘレニズム期のストア派 Ⅱ 初期ストア派の体系――クリュシッポス 4 自然学 「人間と宇宙における魂と自然」p87)

スピノザや現代科学、現代哲学の問題となっている心身問題の原初のアプローチとしての階層的な把握が見られて面白い。魂の理解に用いられたプネウマ(気息)の概念とその分類を歴史的に抽出してきて、明確に分類しているところが西洋的な学問の凄いところだ。

www.hakusuisha.co.jp

【付箋箇所】
3, 25, 35, 63, 69, 70, 85, 87, 95, 102, 119, 122, 129, 132, 137

目次:
日本語翻訳版への序

第一章 ヘレニズム期のストア派
 Ⅰ 学派の歴史と発展
  1 ゼノンと学派の創設
  2 クレアンテスからパナイティオスまでのストア学派
 Ⅱ 初期ストア派の体系――クリュシッポス
  1 訓練と体系としての哲学
  2 論理学
  3 倫理学
  4 自然学

第二章 ローマ期のストア派(前一世紀から後三世紀まで)
 Ⅰ 前一世紀におけるストア派の分散
 Ⅱ 継続と革新――パナイティオスからセネカまで
 Ⅲ ストア派の更新――エピクテトスマルクス・アウレリウス

第三章 ストア派のその後と現在
 Ⅰ ストア派の遺産
 Ⅱ ユストゥス・リプシウス以降の学者たちにおけるストア派
 Ⅲ ルネサンスから十八世紀までの「新ストア派
 Ⅳ ストア派の現在

訳者あとがき

川本愛
1986 -
 

参考:

uho360.hatenablog.com

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