読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ジャン・ジュネ『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』(現代企画室 鵜飼哲編訳 1999)

ジュネの芸術論6篇。レンブラント2篇、ジャコメッティ、綱渡り芸人でジュネの恋人だったアブダラへのメッセージ、犯罪少年たちへ向けたラジオ原稿、演劇論。貧しさと闇を抱えているがゆえに異彩を放ちつづける者たちへの讃歌。既成の枠組みを支える世俗的良心に拘束されることを嫌い、身をよじるようにして生き延びる道を求める者たちは、書き手ジュネと似た境遇にあり、彼らが生みだすものには危うさと隣り合わせにある心を揺さぶる形式、極限にまで削り落とされた装飾なき形態が備わっている。世俗への親和力の反対にある告発の力、一般法則に対する侵犯行為を擁護するために書かれたといってもよいだろうジュネの文章は、緊張感に満ち、多くの切断をはらみながら、異質な輝きを放っている。

美には傷以外の起源はない。どんな人もおのれのうちに保持し保存している傷、独異な、人によって異なる、隠れた、あるいは眼に見える傷、その人が世界を離れたくなったとき、短い、だが深い孤独にふけるためそこへと退却するあの傷以外には。

孤独を引き受けることによって自分自身の表現が生まれて死んでいく。その全課程を肯定するためにあるような芸術論のように感じた。

訳者による解説では、沈黙の期間が多かった作家ジャン・ジュネの創作活動の全体像が振り替えられていて、短くて読みやすいジュネ入門の文章にもなっている。初期の小説数篇、中期の戯曲数篇、そして遺構となった回想録『恋する虜 パレスチナへの旅』がジュネの主要作品のほぼすべて。本篇のジュネの低くつぶやくような文章は中期の戯曲執筆期に重なるものが多いということだが、初期小説や遺稿の文章をも確認してみたいという思いにさせる特異な力をもっていた。意外なところから関心が沸き上がることがあるもので、日本オリジナルの本書に出会えたことはラッキーだった。レンブラントジャコメッティさらにはデリダの『弔鐘』への導きにもなっていて、どこか特別感のある本であった。


【目次】
アルベルト・ジャコメッティのアトリエ
綱渡り芸人
レンブラントの秘密
犯罪少年
…という奇妙な単語
小さな真四角に引き裂かれ便器に投げ込まれた一幅のレンブラントから残ったもの

【付箋箇所】
8, 14, 24, 48, 55, 64, 69, 98, 106, 130, ⅷ, ⅹⅷ, ⅹⅸ,

 

ジャン・ジュネ
1910 - 1986

ja.wikipedia.org

アルベルト・ジャコメッティ
1901 - 1966

ja.wikipedia.org

レンブラント・ファン・レイン
1606 - 1669

ja.wikipedia.org

鵜飼哲
1955 - 

ja.wikipedia.org