読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

平野晋『ロボット法 <増補版> AIとヒトの共生にむけて』(弘文堂 初版 2017, 増補版 2019 ) 人間のコントロール外の領域に踏み込みつつある技術と共にあることについての考察

ベルクソンは人間の振舞いに機械的な強張りを見たときに笑いが生じると説いた。第三次AIブーム下にある2022年の今現在、特定領野における限られた行動においては、一般的な人間よりも滑らかで高度な技術を見せるロボットやAIはいくらでもいて、そのため人間世界での一種の調機能として働いていた笑いの領域は狭まってきているかも知れない。ぎこちなさや強張りや融通の利かなさといったものは機械だけでなく人間の世界にもあって、かえって人間のほうが頑強で変化しないために呆れて笑うしかない状況というのが出てきている。いまのところ機械が自発的に人間を笑うことはないが、そのうち人間を笑う状況が出てくるかもしれない。そのような世界の到来を非現実的なものと笑って済ませることができない段階に来ているがために、前世紀までは本格的に思考しなくても済んでいた法的な問題を、国家レベルでも真剣に問わざるをえない時代のひとつの成果として本書が出版されている。

本書の著者である平野晋は法律の専門家で、現在中央大学国際情報学部の教授で学部長もつとめている人物。国家管轄の会議体の幹事や座長を務めるクラスの重要研究者で、ネット上で検索して出てくる本人画像はどこかで見たことがあると思える人物である。本書を読んだ印象では、アカデミックでありつつ、大衆メディアの作品制作に込められた思索や思想にも十分配慮する視野の広い人物である。

目次からも分かるように、ロボットやAIといった機械と人間との共生を法的な視点から考えるにあたって、SF作家のアシモフが提起した「ロボット三原則」やロボットという言葉をはじめて使ったカレル・チャペックの1920年発表の戯曲『ロッサム万能ロボット会社』からはじめているところなど、機械との共生にあたって考えるべき深度や領域の大きさには十分な配慮がなされている。注目すべきことに、ハリウッド作成の本格SF映画やSFファンタジー作品、日本のアニメ作品にも、検討すべきケースとして真剣なまなざしが注がれている。しかも法律という世界を構成し強制力も持つ実務的世界に接続させることを前提としているため、現在までの人間世界における類似ケースの判例などに照らし合わせて、自律的な挙動をもった機械に適用されるべき法的行動制限と制限を超えた場合の刑の体系を規定しようとしているところに真剣さがうかがえる。そんなことまで考えなくてもという思いはやはり大衆レベルの呑気な態度で、専門家としては近未来に起こるかもしれない状況については事前に対応する準備は行っておかなくてはならないという使命感と危機感があるのだろうし、それは持ってもらわなければ事件や事故が起こってからの大衆レベルの人間としても困るていのものだ。実現の展開の早い技術に対しては、法的規制が後追いになってしまうことは致し方ないとしても、キャッチアップできる体制は事前に用意しておくべきことであるのは当然だろう。
ただ、いっぽうで本書が検討しているような人や企業の活動を制限することにもなるレベルになると、専門外の人間としては容易に口出しできなくなる緊張感が生じてくることも確かで、ハーバーマスが言うところの気をつけなければいけない「順応の気構え」といったものが支配的になってくることが予想される。いま現在の個人的な思いでいうとこうなる。

倫理的な問題は個人に押しつけるのではなく、法で規制してください。法で決まったものにはわれわれは従わざるをえませんし、反抗するつもりもありません。そして機械に関わる責任は基本的に機械の製造者側にあって、一般的な使用者の運用責任を問うことは非現実的であると考えますし、もし責任が問われるような製品であれば、消費を回避しようとする態度になることは自明です。

消費者といてはそう間違ってはいない態度だと思うのだが、一方で、生活や生命を維持していくなかでの判断を人に預けてしまうことが極端に多くなっていってしまうかもしれないという懸念がどこかにある。

専門家ではない自分はそれほど本格的に心配する必要もないのかもしれないが、必要以上の決断を迫られた時に、それは不当ではないですかと抵抗できるくらいの知識は持っておきたい。そのくらいの気持ちで、先進分野の専門家の一般向け啓蒙書には対峙している。ちなみに本書はSF的な読みものとして単純に面白いので、好奇心だけから手に取っても期待外れになることの少ない書物だと思う。

 

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【付箋箇所】
3, 4, 73, 81, 90, 100, 120, 135, 150, 159, 160, 162, 165, 183, 192, 210, 250, 251, 259, 260, 289

目次:
序 章――ロボット法の必要性
第1章 ロボット工学3原則
 Ⅰ 「ロボット工学3原則」とは何か
 Ⅱ ロボット工学3原則をめぐる法律論議
第2章 ロボットの起源と文化
 Ⅰ 語  源
 Ⅱ 奴隷としてのロボット
 Ⅲ 脅威としてのロボット
 Ⅳ sci-fi作品のアナロジーを排除すべきか
 Ⅴ ロボットに対する文化的認識の相違
第3章 「ロボット」の定義と特徴 
 Ⅰ 〈感知/認識〉+〈考え/判断〉+〈行動〉の循環 
 Ⅱ 自律性とその諸段階
 Ⅲ 定義をめぐる論争――「自律性」対「創発性」 
 Ⅳ 予測警備(プレディクティヴ・ポリーシング) 
 Ⅴ 人工知能(AI) 
第4章 ロボットの種類とその法的問題
 Ⅰ ロボットの分類
 Ⅱ ロボットの使用領域
 Ⅲ 生物学を応用したロボット
 Ⅳ ヒューマノイド・ロボット
第5章 ロボット法の核心――制御不可能性と不透明性を中心に
 Ⅰ 制御不可能性と不透明性
 Ⅱ ロボット不法行為
 Ⅲ 小括
第6章 ロボットが感情をもつとき
 Ⅰ 「考え/判断」することへの懸念
 Ⅱ ロボットは「意識」等をもつに至るか 
 Ⅲ ロボット憲法――「ロボット権」?!
 Ⅳ ロボット刑事法――ロボットの刑事責任をめぐる議論
 Ⅴ シンギュラリティ・2045年問題
第7章 ロボット法のゆくえ――AI原則をめぐる日本と世界の動向
 Ⅰ 内閣府「人間中心のAI社会原則検討会議」
 Ⅱ 総務省「AI ネットワーク社会推進会議」の活動と「AI利活用原則」
 Ⅲ AI原則OECD理事会勧告


平野晋
1961 -