読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

田中小実昌『ないものの存在』(福武書店 1990)

私生活と経験に絡めながら哲学書を読んで思ったことを書き留めるというスタイルの小説。ブログを書くのに何か参考になるかなと期待を込めて久しぶりに再読したが、哲学書を読む資質、哲学書を語る経験と環境、テキスト引用の分量など、諸々のハードルが目の前にあらわれてきて、そのまま参考にはならなかったが、作品自体は奇妙に面白い。本を読み考え書くということの始原のような感触をとどめた文の塊。今の時代にはおそらく成立しえないだろう商業出版であるところも興味深い。

 

以下、各話の展開あらまし

「ないものの存在」
バスに乗ってふらふらする話と地下鉄に乗って映画の試写会に通う話
カント『純粋理性批判
青山光二『われらが風狂の師』
三木清『哲学入門』『パスカルにおける人間の研究』
ハイデガー存在と時間
西田幾多郎『哲学の根本問題』
三木露風記念館
子供動物園のノロと中国湖南省ノロの話

クラインの壺
アメリカ西海岸北部の町にいた話
二日酔いの話
浅田彰『逃走論』
今村仁司柄谷行人
西田幾多郎
友達の哲学者井上忠
高田淳『易のはなし』

 

「言うということ」
ドイツ人医師と結婚しているムスメとその旦那の話
カントの道徳律
柄谷行人の言葉
ムスメの旦那の友人医師フランクの話
画家の三村夫婦の話
ムスメ夫婦と外食とその後の話
言い方の話のまとめ

「出がけのより道が」
徴兵時の話
試写会の往き帰りに文庫本の哲学書を読むという話
波多野精一西田幾多郎
井上忠の話
聖書の話


「たんきゅうする」
柄谷行人の『探究Ⅱ』
西田幾多郎
試写会の往き帰りに文庫本の哲学書を読むという話
カラカスで事故った話
となりの住人画家野見山暁治の話
ウィトゲンシュタインに関する話
フロイトの話

 

【目次】
ないものの存在
クラインの壺
言うということ
出がけのより道が
たんきゅうする

【付箋箇所】

田中小実昌
1925 - 2000

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