読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

イマヌエル・カント『人間学』(原著「実用的見地における人間学」1798, 岩波書店カント全集15 2003)

カントが長年にわたってひろく講じてきた「人間学」を晩年にまとめて出版した講義録。三大批判書や『単なる理性の限界内での宗教』 、『永遠平和のために』 などの理論的に突き詰めた論理構成の厳しさのある著作とくらべると、緊張感はすこし緩んでいて、200年以上経過した現代的な視点からすると、いかがなものかと思われるような差別的で偏向したもの言いがしばしば出てきてはいるが、その点を不問に付すと、カント哲学の全体が描き出す世界観をわかりやすく伝えている著作になっているような印象を受ける。

本人によるカント哲学の入門書・概説書たる著作で、カント思想の全体像を世俗的実用レベル、人間的な振舞いについての教説として展開した通俗講義録という位置づけにあり、比較的需要がありそうな著作ではあるのだが、いま時点で文庫本で気軽に手に入れることはできない(岩波文庫版は1952年刊行で現時点での再販はない)。

三大批判書や『永遠平和のために』あるいは『啓蒙について』などは複数の訳書が比較的簡単に手に入ることを考えると、難易度よりも主要著作であるか否かでの需要の差が出てしまっているのだろうと
思わずにはいられない。

切り口を変えれば新たな読者層を開拓できそうな気もするが、そんな悠長なことを言っていられる出版状況でもないのだろう。

新刊書店で出会いが制限されているのなら、図書館等で補完する道を読者としては探るべきだ。

人間学」の講義については、高尚な理念を講じるカントであっても、200年以上前の世俗的な言説であってみれば、差別的表現が平気で紛れ込んでいることに気が付く。類としての人間が目指すところの遠大な世界像を掲げた思想家にしては、世俗的で時代的な偏見が隠れようもなく表れているのだが、それは人類の不可避的な歩みとしての200年を経て、一般読者層にまで届いた思考の蓄積と自然史が促した啓蒙の結果として表れたものであるということに気づかされる。

喜ぶべきような順調な歩みではないが、悲惨を経験しつつ、困難を回避するよう、わずかながらも新たな世界に踏み込んできている人類の一側面を肯定的に確認する起点となる一冊であるように思えた。

www.iwanami.co.jp

【目次】
実用的見地における人間学 渋谷治美訳
人間学遺稿 高橋克也訳 

【付箋箇所】
30, 46, 53, 104, 118, 122, 127, 131, 173, 176, 183, 189, 202, 270, 316, 345, 355, 379, 391, 419, 520, 521, 526, 534, 548, 551, 553, 555s

イマヌエル・カント
1724 - 1804
渋谷治美
1948 -
高橋克也
1965 -