読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

湯浅信之 編『対訳 ジョン・ダン詩集』(1995)

形而上詩人と呼ばれ聖職者でもあったジョン・ダンの詩の読後感は、精神的な世界の経験したというよりも、世俗的な世界を生きる人間の存在感に触れたという感触が圧倒的に強い。身体の生々しさのようなものがじんわりと残る。

HOLY SONNETS 10
聖なるソネット 10

Death, be not proud, though some have called thee
死よ、思い上がるな。なるほど、或る人たちは、お前は
Mighty and dreadful, for thou art not so ;
強くて恐ろしいと言っている。だが、そうではないのだ。
For those, whom thou think'st thou dost overthrow,
何故なら、お前が打ち倒したつもりの人々は、誰一人も、
Die not, poor Death, nor yet canst thou kill me.
哀れな死よ、死なないのだ。お前は、この私も殺せない。
From rest and sleep, which but thy pictures be,
休息と睡眠はお前の似姿に過ぎないが、多くの楽しみが
Much pleasure, then from thee much more must flow,
そこから生まれる。お前からはもっと多くが出るはずだ。
And soonest our best men with thee do go,
我々のなかで最も優れた者たちが、最も早くお前と去る。
Rest of their bones, and soul's delivery.
それは彼等の骨を休め、魂を自由にするためなのである。
Thou'rt slave to Fate, chance, kings, and desperate men,
お前は、運命や、偶然や、王侯や、絶望した者の奴隷だ。
And dost with poison, war, and sickness dwell,
また、毒薬や、戦争や、病気と住み家を同じくしている。
And poppy, or charms can make us sleep as well,
その上、芥子や呪文でも、お前に劣らず、いや、お前の
And better than thy stroke ; why swell'st thou then ?
一撃より上手に眠らせてくれるから、威張ることはない。
One short sleep past, we wake eternally,
短い一眠りが経つと、我々は永遠に目覚めることになる。
And Death shall be no more ; Death, thou shalt die.
その時には、死は消滅する。死よ、お前が死ぬのである。

私は普段、復活も輪廻も信じない質ではあるのだが、この詩を読むと死が何かしら良いものを人にもたらすのかもしれないという感触を持ってしまう。キリスト教の世界では「短い一眠りが経つと、我々は永遠に目覚めることになる」。それは最後の審判の場で、天国と地獄に分かれる厳しい場であるはずだが、この詩の世界では、すべての人が「永遠に目覚め」、等しく新生するようなイメージとなっている。その世界であれば、死は「休息と睡眠」に過ぎず、良い休息は体も心も回復させ、爽快な気分をもたらしてくれるはずだ。「休息と睡眠はお前の似姿に過ぎないが、多くの楽しみが/そこから生まれる。お前からはもっと多くが出るはずだ」という詩文が、ある日のめざめの感覚とともに、そういうものかもしれないとすんなり受け入れられてしまえる。身体感覚で肯定することのできる、不思議な詩になっていると思う。

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ジョン・ダン
1572 - 1631
湯浅信之
1932 -