読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「雨の夜」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

雨の夜
 
 雨は屋根を叩く、私はその響きでびしょぬれになるやうに感ずる………私は沈黙の諧音を失ひ温かい黙想を失つた。私は真夜中寂しい寝床に横たはる。雨は私の部屋の暗闇を乱し飛散させるやうに私は感ずる。
 ああ、雨は屋根に釘を打つ。いな夜の暗闇に釘を打つ、いな宇宙の沈黙に釘を打つ。
 私は失はれた夜の子供であるであらうか、今は最早私の母は私を追つて来ない。彼女の狂乱の涙は尽きた………雨はただ杉の木の枝から滴(したた)る。雨は何を語るのであるか、雨でなく目に見えない不思議な魂の無駄話であるかも知れない。
 「人間は泣くために生まれたものだ」とたれかがいふやうに感ずる。
 

(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

野口米次郎
1875 - 1947

 
野口米次郎の詩 再興活動 No.008