読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

黒井千次『老いるということ』(講談社現代新書 2006)

黒井千次の「老い」シリーズ新書作品のおそらくいちばん最初の作品。他三作は中公新書、(現時点で未読の)『老いのかたち』(2010)『老いの味わい』(2014)『老いのゆくえ』(2019)。

本書はNHKラジオの「こころをよむ」の2006年第1四半期放送分に加筆修正を行ったもの。

老いても若さを保つことを推奨するような本ではなく、入りこんでしまえば、死を迎える時までいつまでもつづく老いることの深まりを、しっかり見据えつつ、味わい、受けいれ、凌ぐ準備を、古典や先行する作品に目を配せつつ、自身の想いとともに伝えてくれる実践的な一冊。

人は必ず死ぬ。死ぬまでの時が遠くにあれば、人は必ず老いる。

老い方は人それぞれで、持ち方も崩れ方も、楽しみも悲しみも、至福も痛みも、ゆるぎなく、その人独自の生をふくらませている。ふくらんだものは受け入れていく。その受容の精神が老いとともに生まれてくる様を静かに説きつつ、非常に柔らかく、かつ個々の状況においてのさまざまな違いに対する良い悪いの評価づけにも非常に慎重で、なにものも選別排除しないところに奥行きがある。

果実には甘いものも、渋いものも、苦いものも、朽ちていくものも、いろいろあって、それぞれをそれぞれが受け入れる姿勢や覚悟のようなものを準備する手がかりを与えてくれている。

 

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目次:
はじめに
第1章 老いの長さ・老いる場所
第2章 古代ローマの老い ――キケロー『老年について』をめぐって
第3章 20世紀イギリスの老い ――E・M・フォースター「老年について」の発想
第4章 老いの伝承 ――深沢七郎楢山節考」の伝えるもの
第5章 老いと時間 ――「ドライビング・ミス・デイジー」の場合
第6章 老いの年齢 ――マルコム・カウリー『八十路から眺めれば』の示唆
第7章 老いの形 ――幸田文の随筆から
第8章 老いの現在・老いの過去 ――映画「八月の鯨」の表現するもの
第9章 老いと病 ――耕治人の晩年の3作より
第10章 老いの完了形と老いの進行形  ――芥川龍之介「老年」、太宰治『晩年』の視点
第11章 老いる意志  ――島崎藤村の短文から
第12章 老いと性  ――伊藤整『変容』の問題提起
第13章 老いの温もり  ――萩原朔太郎のエッセイと伊藤信吉の老年詩集から
第14章 老いのまとめ
あとがき

黒井千次
1937 -