読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

『馬場あき子全歌集 作品』(KADOKAWA 2021)

馬場あき子の仕事のなかでは、評論の『式子内親王』(1969年)、『鬼の研究』(1971年)のほか、謡曲に関するいくつかの本など、韻文よりも散文に接することのほうがこれまでは多かったのだが、全歌集というまとまった本を見つたのを機会に、韻文作品をひととおり読んでみた。長命の一人の歌人がどのように日々を過ごし老いてきたのかというところを歌をとおして感じてみたいと思ったのである。
教職を退いて本格的に執筆活動に入ったのは、第5歌集『桜花伝承』刊行年の1977年、馬場あき子49歳の時で、現在までの一万首を超える創作活動のうちの20%程度。残りの80%以上の歌は、一般的に仕事と呼ばれる組織の目的のもとにある思考や活動から離れた生活や旅や伝統芸能に関するもので、より本来的な生の喜怒哀楽に目を向けているものが多いようだ。
多趣味で行動力もある馬場あき子の歌は年齢よりだいぶ若々しく感じるものが圧倒的に多いが、さすがに80歳を越えると体の不調と物事に対する億劫さが顔をのぞかせるようになる。そのなかでどうでもよいことといつまでもこころを占めるものの違いがはっきりしてきて、老年を控えているものにとってはとても参考になる。肉親への思いと若き日の理不尽で辛い経験はいつまでも消え去ることはなかった。
それぞれの歌集に共通してうたわれているのは、生活を共にしたものども、生活を彩ったものども、身近に存在することが当たり前のものたちと、そこに彩りを与える闖入者たち、定期的に訪問する者たち。そして旅人として束の間の訪れを喜ばれるマレビトとしての歌人自身の姿。枯れない創作意欲は天性のもののようにも思えて、うらやましくもある。

【歌集一覧】
第1歌集『早笛』1955, 27
第2歌集『地下にともる灯』1959, 31
第3歌集『無限花序』1969, 41
第4歌集『飛花抄』1972, 44
第5歌集『桜花伝承』1977, 49
第6歌集『雪鬼華麗』1980, 52
第7歌集『ふぶき浜』1981, 53
第8歌集『晩花』1985, 57
第9歌集『葡萄唐草』1985, 57
第10歌集『雪木』1987, 59
第11歌集『月華の節』1988, 60
第12歌集『南島』1991, 63
第13歌集『阿古父』1993, 65
第14歌集『暁すばる』1995, 67
第15歌集『飛種』1996, 68
第16歌集『青椿抄』1997, 69
第17歌集『青い夜のことば』1999, 71
第18歌集『飛天の道』2000, 72
第19歌集『世紀』2001, 73
第20歌集『九花』2003, 75
第21歌集『ゆふがほの家』2006, 78
第22歌集『太鼓の空間』2008, 80
第23歌集『鶴かへらず』2011, 83
第24歌集『あかゑあをゑ』2013, 85
第25歌集『記憶の森の時間』2015, 87
第26歌集『渾沌の鬱』2016, 88
第27歌集『あさげゆふげ』2018, 90

【歌集一覧(感想メモ付き)】
第1歌集『早笛』1955, 27
 家族、結婚、生活、教師、能稽古
第2歌集『地下にともる灯』1959, 31
 政治、闘争、宴、宴のあと、獣と魚属 高ぶるこころ
第3歌集『無限花序』1969, 41
 戦後期の激情。古典と現在。怨み、呪い、怒り、狂い、苦しみと愛
第4歌集『飛花抄』1972, 44
 秦氏の没落 鬼と化した氏族 世阿弥と鬼と 荒ぶる魂と戸惑いの心
第5歌集『桜花伝承』1977, 49
 衰えを感じはじめた初老の孤愁。若くして亡くなった面影なき母へのおもい。
第6歌集『雪鬼華麗』1980, 52
 希求する鬼への親近性。職を辞してのちの自由になずむゆるやかな時間。
第7歌集『ふぶき浜』1981, 53
 50歳 鉛色の荒涼たる風景 
第8歌集『晩花』1985, 57
 人は老いるにしたがってだんだん離れてゆき独りとなってゆく 
第9歌集『葡萄唐草』1985, 57
 果実と花 消えゆくものをとどめおく芸術と記録
第10歌集『雪木』1987, 59
 老いていくなかで死が身近なところで多く起き、病や衰えにもせめられる、苦しみながらの作歌。
第11歌集『月華の節』1988, 60
 還暦。鬱々とした不調の日々のなかにも開き直りのような晴れやかさがのぞくことが多くなっているようだ。
第12歌集『南島』1991, 63
 古典を訪ねる旅のなかの歌
第13歌集『阿古父』1993, 65
 昭和が終わり、90歳の父親を看取った時期の歌作。ポストモダン調の実験的な作品も目立っている。晩年に向かっての変転の時期なのかもしれない。
第14歌集『暁すばる』1995, 67
  不眠症、酒、老い、意地悪さ、鬱陶しいことどもをも、歌い楽しむところがみえる。
第15歌集『飛種』1996, 68
 老いた継母を看取ったあとの重石がとれた直後の放心したところもあるような時期に詠まれた歌の数々。小さきもの、弱きものに視線を向け、想像をめぐらせていることが伝わってくる。庭木のある広そうな一軒家が歌作の中心地 
第16歌集『青椿抄』1997, 69
 知恵も経験もつんで老いながらも幼年のこころにかえっていっているような朗らかさがほのみえる詠いぶり。
第17歌集『青い夜のことば』1999, 71
 執着のようなものが薄れて、より淡白な孤独な視線からものが見られる一方、国内の旅も遠い海外への旅も自在に移動している様子がうかがえる。
第18歌集『飛天の道』2000, 72
 虫愛ずる姫の老いてかえって身軽になった日々のすがたのようだ。都心に出てはちいさい生き物たちが住まう郊外の古い家に帰る日常。好みの酒はドライビール。
第19歌集『世紀』2001, 73
 世の中の趨勢に対する嫌悪感がにじみでた歌が多いようだ。時はアメリ同時多発テロ前後の時期となる。
第20歌集『九花』2003, 75
 同時多発テロへの報復に出るアメリカとそれに追随する日本への怒りのほか、苛立ちに満ちた歌作が多い。さまざまな不如意に対する抵抗であるようにみえる。
第21歌集『ゆふがほの家』2006, 78
 怒りを抱えながら、旅に、物見に、動きまわるバイタリティ。とどまってはいられないこころの持ち主。
第22歌集『太鼓の空間』2008, 80
 諦念のなかにあっても日々を新たに過ごしながら詠う。深く濃く沈んで堆積していく言葉。
第23歌集『鶴かへらず』2011, 83
 老いて体力も落ちてきても精神的な衰えはなく詠いつづける。ふてくされ不良老人の雰囲気をまとっているところに老いの精気があるようだ。
第24歌集『あかゑあをゑ』2013, 85
 死が身近なものとなりゆくなかでかなしみの基調がゆるぎなくながれる。
第25歌集『記憶の森の時間』2015, 87
 感情はかんまんな動きになりつつあるようではあるが、ひたすら動いてものを見ているからだが優越している。
第26歌集『渾沌の鬱』2016, 88
 動きが減ってたたずむ姿が印象に残る。老いて生死のあわいにたたずんで、時に異界に入る歌の精の、吐息のように出てくる言葉たち 
第27歌集『あさげゆふげ』2018, 90
 体力気力の衰えに、身近な人やパートナーの死が追い討ちをかけるように、きびしくさびしく時がすぎるなかでの歌作。それでも歌があることの幸福が見える。

【私選10首】
わが生を継ぐ者はなし暁の森にせめぎて夏黒き蝶(『無限花序』より)
狂うよりなお堪えてあるかなしみに鬼扇夏の牡丹くれない(『飛花抄』より)
目やみつつ桜ぐもりの昼ゆけば無為なることのふいに新し(『飛花抄』より)
生き急ぐほどの世ならじ茶の花のおくれ咲きなる白きほろほろ(『ふぶき浜』より)
五十代――、男おのおのたのもしく苦くさびしく事企てよ(『月華の節』より)
肉体はぜひなきものぞ心とふ千々なるものを抱き臥(こや)れる(『南島』より)
やま繭蛾に口あらざれば生むのみの器うごかずもとより食まず(『飛種』より)
翅ひろげ怒ればその翅の下にも入り蟻まみれなる蟷螂うごく(『世紀』より)
くねる姿をとめはなぜに美しくをのこはなぜにくねらぬがよき(『ゆふがほの家』より)
沈黙はたやすきことか鳴かぬ亀声なき兔真夜に咲く花(『あかゑあをゑ』より)

 

www.kadokawa.co.jp

馬場あき子
1928 - 

 

参考:

uho360.hatenablog.com