名利関係なしの本格的な数寄者、能因。歌に耽溺する人物は歴史上数多くいるとはいえ「能因歌枕」のような後世に大きな影響を与えるほどの著作を持つ歌人はなかなかいない、俗世間から離れ歌枕を訪ね歩く漂白の歌人として、後の西行や芭蕉に大きな影響を与えた理由が、本書を読むとかなりわかる。また、同時代人として相模や和泉式部などとの交流があったことも知れる、なかなか充実した能因アンソロジー。
「我れ歌に達するは、好き給ふる所なり」
「数寄給へ、すきぬれば歌はよむ」
社交の道具としての歌を超えて、己の生きるよすがとして詠まれた能因の歌には、時代を超えて人の心を打つものがある。
いづくとも定めぬものは身なりけり人の心を宿とする間に
わび人は外つ国ぞよき咲きて散る花の都は急ぎのみして
数寄者であり、侘び人でもあると自身を規定しながらも、人恋しさや自然風物に寄せる思いは人一倍濃い。旅をするのにも、人を頼らず閑居するのにも、多くの困難があったであろう時代において、独り歌心を極めていこうとした能因の道のりには野太いものがあり、能因を慕う西行や芭蕉に比べても、より若々しく、より男性的な印象にあふれている。歌枕を訪ねる旅にしても、馬の交易や鷹狩の鷹の交易に携わっていたらしい職業的背景も関係しているようで、平安時代の生活者としての姿も浮かんでくる。本書は、歌の鑑賞だけではなく、能因というひとりの人物に近づけることができる情報がたくさん盛り込まれていて、とても興味深い著作に仕上がっている。西行や芭蕉に関心があっても、能因のことはあまりよく知らないという人におすすめ。
【付箋箇所】
4, 37, 45, 60, 61, 75, 76, 79, 88, 97, 99, 106, 107, 110, 117, 121
能因
988 - 1052以降
高重久美
1943 -