岩波文庫のアウグスティヌスの翻訳は『告白』『神の国』ともに服部英次郎の手になるもの。
私は中央文庫の山田晶訳『告白』全三巻を読んでアウグスティヌスに興味を持ち、近くの図書館でいちばん手間のかからない解説書であったという理由で本書を手に取った。
本書の特徴は、私見では、エロスともアガペとも異なるカリタスという概念がアウグスティヌスにおいて創り出されたと見て強調して論じているところ。
古典文学に親しんだのち、善悪二元論のマニ教の熱心な信者になったあと、新プラトン主義信奉の時を経て、キリスト者と転じていくアウグスティヌスの世界観は、当時のキリスト教異端とも境を接している面もあるがゆえに、論駁をベースに差異を強調し確定していく必要に駆られているものであったように見受けられる。
本書は『告白』での回心とアウグスティヌスの基本神学をベースに、生涯にわたる探究と信仰を追う解説書。新プラトン主義の影響の残存とそこからのキリスト教信仰と世界観の乖離を、唯一の神から現世界が生じたとする流出説を否定する身振りを紹介することなどにより概観している。だたし、これは他書でも見受けられる見解で、カリタスという概念の創造の強調というのは本書独自のものだと思う。
カリタスをネット上で検索すると、ギリシア語アガペーのラテン語訳というのが一般的な理解で、それ以上の考察になると専門家の個別研究によらなければならないようで、一般的にはそれほど論点として取り上げられていない様子が見える。
それに対して、本書はアンデルス・ニグレンの古典的研究とされるアウグスティヌス研究『アガペとエロス』に沿ってアウグスティヌスのカリタス概念をアウグスティヌスの受肉理解にからめながら概説している。「エロスの愛は上昇してその必要とするものの満たされることを求める。アガペの愛は助けるために、また与えるために下降する」。新プラトン主義的知的理解によることの強いアウグスティヌスにあってはキリスト教伝統の受肉理解の十全性に達していないがために、エロスとアガペの統合としてのカリタスを独自に定義づけていくことが必要であったのだと本書は指摘する。具体的にどの著作のどの部分でその概念構築が行われているか明示的には示されてはいないようではあるが、この指摘を頭に入れながらアウグスティヌスを読みすすめていくことは意味あることではないかと思いながら本書を閉じた。
【付箋箇所(旧版)】
9, 30, 39, 50, 56, 66, 80, 86, 88, 89, 93, 97, 100, 106, 109, 131, 144
目次:
はしがき
第一章 生涯と思想的展開
第二章 認識の問題
第三章 照明説
第四章 神の存在と世界創造
第五章 人間と魂
一 人間の本質
二 魂の非物質性と精神性
三 魂の起源
四 魂の不死性
五 魂と身体
六 神の像としての魂
七 帰還の諸段階
第六章 人間と愛
一 愛の秩序
二 カリタス
三 中世哲学における性愛
第七章 神とわたしの魂 ――『三位一体論』
第八章 神と被造世界 ――『創世記逐語解』
第九章 神と社会 ――『神の国』
第十章 最後の局面
アウグスティヌス
354 - 430
服部英次郎
1905 - 1986