読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

J・M・G・ル・クレジオ『氷山へ』(原著 1978, 中村隆之訳 水声社 2015)

中南米インディオとの接触で、ともに衝撃的な言語体験を経て創作活動を行っっていったアンリ・ミショーとル・クレジオ。本書は先行する詩人アンリ・ミショーの二作品に、詩人から大きな影響を受けて作家っとなったル・クレジオが、ミショーの言語実践を変奏しながら注釈するように書き綴った、重層的なテクスト。
ミショーの膨大な作品の中から「氷山へ」と「イニジ」という執筆時期もタイプも異なる作品を取り上げて、ル・クレジオが自身の読みの実践を提示してくれているところが、読者としては参考になり、かつ新鮮さを感じる。資質的に似たところがあり、作家同士で交流もある人たちの間での読み方では、こうも想像力が膨らんで、豊かな創造の体験ともなるのかと感心させられる。
特に「イニジ」のほうは、文字や音声から意味や感覚が生じるあわいを掬い上げているような詩篇で、ともすると読み手が途方に暮れてしまうような、原初の記号の森のような、受容の仕方が難しいところに、ル・クレジオが自身の通過してきた感覚の震えを示してくれたことで、読む態勢を整えてくれて、ミショーの詩にあらためて送りなおしてくれるところがありがたい。
ミショーの詩の翻訳といえばミショー全集を個人全訳した小海永二とはなるが、新たな翻訳として二篇ではあるが中村隆之訳が出て、日本語でくらべよみできるところも、うれしいことである。

もうできない、イニジ

スフィンクス、球体(スフエール)、偽記号、
イニジへの途上の障害物

岸は退く
台座は沈む

世界。世界以上
ただ混交物(アマルガム)だけ

(アンリ・ミショー「イニジ」より)

 

なお、「氷山へ」は詩集『夜動く』(1935)に所収、「イニジ」は詩画集『風と埃』(1962)に初出、『様々な瞬間』(1973)に再録されている。

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目次:
氷山へ(アンリ・ミショー)
氷山へ
イニジ(アンリ・ミショー)
イニジ
ことばの氷海への至上の誘い(今福龍太)
訳者あとがき

J・M・G・ル・クレジオ(ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ
1940 - 
アンリ・ミショー
1899 - 1984
中村隆之
1975 - 
今福龍太
1955 -
小海永二
1931 - 2015