読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ロラン・バルト『S/Z バルザック『サラジーヌ』の構造分析』(原著 1970, 沢崎浩平訳 みすず書房 1973)

ロラン・バルトとともに読むバルザックの中編小説『サラジーヌ』。ジョルジュ・バタイユが傑作『青空』において宙づりにされたような気持ちにさせられる小説として『嵐ヶ丘』『審判』『失われた時を求めて』『赤と黒』『白痴』などと並べて挙げていた『サラジーヌ』。本書の裏表紙には『サラジーヌ』について物語のサスペンス的要素を構成する情報が隠されることなく書かれてしまっているが、本当であればそれすら忘れた情態で付録 1として収録されている1830年執筆の古典的作品『サラジーヌ』自体を読み、そのあとにバルトの構造分析批評を読むのがよい。バルトの批評はあたりまえのように作品の全体構造から作品を構成する各文章ブロックが意味するところを冒頭から分析しているため、『サラジーヌ』未読の読者にとっては見通しが効かず味気ないものに思われてしまう可能性があるからだ。また、物語展開の順序は基本的には破られていないとはいえ、最初から切り刻まれ腑分けされた状態の小説を読むことは、映画や舞台の演出に関する細かな指示がある台本を読むようで、作り手側の視点を求められているような制約が課せられている気分になる。もちろん『サラジーヌ』の悲劇を創りあげている構造を確かめた後で『サラジーヌ』を読んだとしても、さすがに古典として残るであろう作品は、読者に訴えかける力の多くを失いはしないし、バルトの洗練された批評の言葉に昂揚したりもするけれども、一挙に作品を味わうには構造分析用に細切れにされた作品よりはもとの作品のほうが適している。本書の本篇の構造分析は再読の誘いであり指南であることを頭に入れておいた方がよい。

われわれがテキストを再読することを承諾するのは、知的利益(よりよく理解する、事情を心得て分析する)のためだというのは間違っている。それは、実際は、そしてつねに、遊戯の利益のためである。記号表現を多様化するためであって、何らかの最終的な記号内容に到達するためではない。

テキストを読むなかでいかに想像力の働きを活性化させ、能動的に記号表現に関わっていけるか。蓄積され綿密に織り込まれた文化的コードを解きほぐし、容易に解釈できない表現の亀裂に立ち止まり正視してみること。バルトは国立高等研究所のゼミナールで二年間にわたって『サラジーヌ』の再読作業を行った。ずいぶん贅沢で浮世離れした遊戯であるが、書物となったバルトの遊戯的研究は、数日間時間を割くだけでわりと気軽に参加することができる気楽さをまとってくれている。

www.msz.co.jp

【付箋箇所】
10, 19, 31, 33, 39, 68, 81, 125, 138, 184, 187, 195, 204, 207, 220, 226, 237, 243, 254, 302

 

目次:

ジョルジュ・バタイユ『青空』から
01 価値判断
02 解釈
03 コノテーション:反対意見
04 それでもなお、コノテーションを擁護する
05 読書、忘却
06 一歩一歩
07 ひびを入れたテキスト
08 砕かれたテキスト
09 読書はいくつあるか
10 サラジー
11 五つのコード
12 声の織物
13 シタール
14 対象 I:付加物
15 楽譜
16 美
17 去勢の陣営
18 去勢歌手の子孫
19 指標、記号、金
20 声のフェイディング
21 イロニー、パロディー
22 ごく自然な行為
23 絵画のモデル
24 遊びとしての変形
25 肖像描写
26 記号内容と真実
27 対象 II:結婚
28 作中人物と外形
29 白大理石のランプ
30 彼方と此方
31 混乱した模写
32 引延し
33 および/あるいは
34 意味のおしゃべり
35 現実的なもの、操作し得るもの
36 たたむこと、展げること
37 解釈学的な文
38 契約としての物語
39 これはテキストの証明ではない
40 主題論的傾向の誕生
41 固有名詞
42 クラスのコード
43 文体の変形
44 歴史上の人物
45 価値の下落
46 充足性
47 S/Z
48 定式化されない謎
49 声
50 寄せ集められた肉体
51 ブラゾン
52 傑作
53 婉曲語法
54 後側に、もっと奥に
55 自然としての言語活動
56 木
57 宛先の線
58 物語の利益
59 三つのコードが一緒に
60 ディスクールの決疑論
61 自己陶酔的証拠
62 両義性 I:二重の解釈
63 心理学的証拠
64 読者の声
65 《口論》
66 読み得るもの I:《すべてはつながり合う》
67 どのように酒宴は行われたか
68 編み糸
69 両義性 II:換喩的な嘘
70 去勢状態と去勢作用
71 移された接吻
72 美学的証拠
73 結論としての記号内容
74 意味の統御
75 愛の告白
76 作中人物とディスクール
77 読み得るもの II:被限定辞/限定辞
78 無知がもとで死ぬ
79 去勢以前
80 解決と真相暴露
81 人格の声
82 グリサンド
83 世界的流行病
84 充実した文学
85 中断された模写
86 経験の声
87 知識の声
88 彫刻から絵画へ
89 真実の声
90 バルザック的テキスト
91 修正
92 三つの入口
93 考え込むテキスト

付録 1 バルザック『サラジーヌ』
付録 2 行動の連鎖(ACT)
付録 3 内容別目次

訳者あとがき

 

ロラン・バルト
1915 - 1980
オノレ・ド・バルザック
1799 - 1850
沢崎浩平
1933 - 1988