読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

俳句

高橋睦郎『私自身のための俳句入門』(新潮選書 1992)俳句界に参入するための心得書

日本の文芸の歴史の中で俳句形式がもつ意味合いを探る一冊。書き方講座というよりも読み方講座として重要性を持っている。 私たちがいま俳句とは何かを考えることは、俳句を生んだわが国文芸、とりわけ和歌の長い歴史、和歌の自覚を生んだ海外先進異国文芸と…

【雑記】花の季節の土台の不具合

2021年3月23日、一部Android端末不具合(メール使えない、ブラウザ使えない)と即時対応(半日かかったけど対応版Chrome更新で私のケースでは復旧)の対象となった人間で、短詩形に少しでも関心を持っている変わり者は、まあ何かしら気の利いた詩句がこの機…

相馬御風『大愚良寛』(1918, 考古堂 渡辺秀英校注 1974)良寛愛あふれる評伝

良寛のはじめての全集が出たのが1918年(大正7年)であるから、まだまとまった資料がない時期に、良寛の史跡を訪ね、ゆかりの地に伝わる逸話を地元の人々から直接聞き取り、良寛の遺墨に出会いながら、人々に愛された良寛の生涯をつづる。明治期から昭和期に…

唐木順三『無常』(筑摩叢書 1965 ちくま学芸文庫 1998)日本的詩の世界の探究

赤子の世界、無垢なる世界は、美しいが恐ろしい。穢れ曇ったものが触れると、穢れや曇りが際立ってしまう。そして、在家の世界で赤子のままでずっといられる万人向けの方法など探してみても、どうにもなさそうなので、せめて先人の行為の跡に触れようと、と…

詩人としての安東次男 思潮社現代詩文庫『安東次男詩集』(1970)を読む

現代の日本には少なくとも三種類のpoetがいる。俳人、歌人、現代自由詩人。明治時代までであればこれに漢詩人も加わることになる。複数の専門領域に分けられる日本の詩。すみ分けて、多くの詩人が生息できることには良い面と悪い面があるだろう。その辺の事…

小林恭二『これが名句だ!』(角川学芸出版 2014)

名句を紹介する書籍の中では、独特のラインナップ。目次を見た段階で、小林恭二にとっては攻めの書なんだなと感じた。 【配分一覧】 杉田久女 (1890 - 1946, M23 - S21), p 9- 27:19頁。16句。川端芽舎 (1897 - 1941, M30 - S16), p 29- 42:14頁。 8句。…

安東次男『芭蕉連句評釈』(講談社学術文庫 上巻1993 下巻1994)

連句は高等遊戯で、人を選ぶ。現代では廃れてしまったのも無理はない。逆に江戸時代によくこんなものが流行ったもんだと、安東次男の評釈書を読みすすむほど感心する。各種文芸と能狂言くらいしか楽しみがなかった分、はまった人はどこまでも深く潜っていく…

横書きでも鑑賞可能な吉田一穂の詩と縦書きでしか鑑賞できない高柳重信の俳句

こだわりの強い吉田一穂ファンのサイバースペース上での発言には「横書きの吉田一穂なんて耐えがたい」というものが結構多いけれども、私の個人的意見としては、そんなものですかねという程度。『古代緑地』で30度のポールシフトの影響度の強さを語ってい…

食べてゐる牛の口より蓼の花 高野素十(1893-1976) 『初鴉』(1948)から

高野素十は高浜虚子の提唱する「客観写生」を最も突き進めた俳人。特に近景描写にすぐれると言われる。小さなものを巧みにとらえ造化の妙を俳句形式に定着させている。また、あまり言われないことだが個人的には言葉のもつ音、韻律に敏感な俳人であったと考…

山鳩よみればまわりに雪がふる 高屋秋窓(1910-1999)の言語への嫉妬 安井浩司「高屋秋窓論への試み」(1976)

個人的には安井浩司は現代俳人の中でトップの人と思っている。たとえばこんな句を作ってしまう人だ。 今日もきて厠を知れる黒揚羽 (『霊果』1982) その気になる俳人が、高屋秋窓の句作を芭蕉が驚愕するだろうものとして取り上げている。普通に考えればとて…

咳をしても一人 尾崎放哉の自由律俳句からの変奏 五句

咳をしなくても一人 みんな家にいて重くなっている郊外 何というYouTubeのYou 今日もお日様のしたで量子論よんでる 何も買わずに三食たべて空の野菜室

サミュエル・ベケットの短編「追い出された男」と松尾芭蕉の馬の句(全二十二句)

家を追い出された男が通りで出会った馬車の御者の自宅に招かれるものの居心地が悪くなって抜け出すというベケットの話なのだが、読んでいるうちに、ハードもソフトもいろいろと不具合のある芭蕉AI搭載ロボットが、廃棄も修理もされずに路上投棄された後、さ…

加藤郁乎編『荷風俳句集』(2013)

淡い味わいの文芸作品。風流の人というよりは侘しさをまとった人が生きた言葉のすがた。香ることもあれと敢えてとどめた情感の残滓。 007 まだ咲かぬ梅をながめて一人かな188 凩(こがらし)や電車過ぎたる町の角(かど)233 寂しさや独り飯(めし)くふ秋の…

中村俊定校訂『芭蕉七部集』(1966)

独吟ではない連句を読んだことで、俳諧の師匠としての芭蕉の様子が少しうかがえたような気がした。一瞬で情景を変える句の鮮やかさ、発する言葉の切断力が、門人たちとの格の違いを見せている。七部集で出会うことのできる門人のなかでは、精神性の高い丈草…

加藤郁乎編『芥川龍之介俳句集』(2010)

俳句1158句に数点の連句・川柳作品を収録。芥川の俳句は漱石の漢詩のようには精神のバランスをとるように働いてはいなかったようで、死に近づくと制作数も少なくなっている。残念な気がする。 130 山椒魚動かで水の春寒き222 炎天や行路病者に蠅群るゝ235 牡…

山下一海『芭蕉と蕪村 ―俳聖に注ぐ蕪村の眼差し』(1991)

句に即して語られる芭蕉と蕪村の違い。 象潟や雨に西施がねぶの花 芭蕉石山や志賀登らるる朧月 蕪村 芭蕉の象潟の句の中の時間と蕪村の句に見られる時間が、かなり違ったものであることは明らかであろう。芭蕉の句の時間が、作られた事情と題材によって、複…

雲英末雄『芭蕉の孤高 蕪村の自在 ― ひとすじの思念と多彩な表象』(2005)

題名のとおり芭蕉と蕪村を対比させて描き出している一冊。 芭蕉の「高く心を悟りて俗に帰るべし」(『三冊子』)は、「風雅の誠」などの理想を高くもって、日常卑近なものにあたることを説いたものである。一方、蕪村は日常卑近な俗を用いながら、それを超越…

藤田真一『蕪村』(2000)

蕪村の味読を勧める岩波新書の一冊。ゆっくりと、古典文芸にも目を向けながら、蕪村の句に親しみましょうという誘いがある。 白梅や誰が昔より垣の外 この句は、すべて和歌ことばからできている。俳諧的語彙(俳言 はいごん)が皆無で、和歌的表現で尽くされ…

雲英末雄 監修『カラー版 芭蕉、蕪村、一茶の世界 近世俳諧、俳画の美』(2007)

300点の図版と解説文で近世俳諧を紹介。句の内容だけではなく、俳画や各俳諧師の書跡も含めて総合的に賞味されてきたのが俳諧の世界なのだなということがわかる。蕪村の文人画はこれまでにもみる機会があったが、芭蕉の書や絵を意識してみたことはなかった。…

尾形仂 校注『蕪村俳句集』

蕪村復習。今回ひろったのは以下のような句。 これきりに径(こみち)尽(つき)たり芹の中かんこどり可もなく不可もなくね哉かなしさや釣の糸吹(ふく)あきの風雉子(きじ)うちてもどる家路の日は高し池と川とひとつになりぬ春の雨 www.iwanami.co.jp 与…

小学館 『新編 日本古典文学全集61 連歌集・俳諧集』(2001)

はじめての連歌、俳諧。 感想:日本の詩歌のサイズは百韻が基本独吟よりも複数の連歌師、俳諧師の手になるものの方が変化があって読みごたえがある。意外とみやび。連歌後期・俳諧初期の俗に向かった作品よりも、連歌初期、俳諧後期のかどのとれた味わいの作…

山崎昇『人と思想149 良寛』(1997 清水書院)

清水書院の「人と思想」シリーズで詩人が対象となる場合、伝記に実作品がふんだんに取り入れられて、優れたアンソロジーを読んだ気分にさせてくれる。本書の場合も漢詩、俳句、和歌の区別なく取り入れられていて、さらには書の図版も多く、良寛の全体像が見…

佐藤文香編著『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(2017)

現代俳句作家のアンソロジー。55名(39句または81句)掲載。俳句の今を一般読者でも通覧できる意味ある書籍。短歌もそうだけど俳句も軟化・小世界化の傾向があると思う。圧倒的な商品経済のなかでの抒情。以下、一読者視点で好みの句を一人一句ピック…

正岡子規 『獺祭書屋俳話・芭蕉雑談』

概言すれば俳句は已に尽きたりと思ふなり。よし未だ尽きずとするも、明治年間に尽きんこと期して待つべきなり。(「獺祭書屋俳話」p32) 古今の相違は言語の上のみにあらず、生活の方法、眼前の景物まで尽く変りはてたれば、日常の事又はそれより起る連想の…

高橋睦郎 句集『荒童鈔』(1977)歌集『道饗』(1978)

ともに現代詩文庫『続・高橋睦郎詩集』に収録されている。 『百人一句』を読んで、著者本人の作品はどのようなものだろうと『荒童鈔』を期待しながら読んだのだが、あまりピンとこない。俳句素人には味わい方がよくわからない作品が多いのだろうと思う。それ…

高橋睦郎『百人一句 俳句とは何か』(1999)

定家の『百人一首』にならい、『古事記』から20世紀末の高柳重信、永田耕衣までの百人から一句ずつひろった俳句アンソロジー。 百人一句|中央公論新社 内訳: 前連歌時代 十人 倭建命から後深草院少将内侍まで 連歌時代 十人 善阿法師から法眼紹巴まで 俳諧…