第七句集『七草』までの季題別全句集。その後十七句集まで出ているので、本書は壮年期までの句業ということになる。
誉め言葉にはならないかもしれないが、なんとなくすごい。丸みのある技巧的な良句が犇めいているが、味わいがまろやかなために一読しただけでは作者の印象があまりよくつかめない。でもやはりエリート臭の薄いエリートで、特別な人なのだろう。苦吟の印象がまったく出ていないのも詠風なのだろう。荒れない詠風で学びにも適していよう。句集を年代順に読むともう少し個性がはっきりするのかもしれない。
私撰15句
立春やペガサスはわが額星(ひたいぼし)
水鳥のZ・Z・Z水温む
電柱を根より映して蝌蚪の水
見下ろして桜吹雪のやや捻れ
天瓜粉真実吾子は無一物
目礼のあとの黙殺白扇子
漆闇ほたるの過ぎしあと滲む
摩天楼より新緑がパセリほど
いなびかり耳輪動かぬ女神像
聖母祭吾子には常の匙食事
分校に鳴らずのピアノ初氷
この世から脚抜く思ひ蓮根掘り
晩年の白一色の日向ぼこ
じやんけんの石(ぐう)の感じの寒雀
正月の海女海底に庭をもつ
感想を書くために読み返していると、だんだん引き込まれていく。計算もされた誘引力のようなものを強く感じて来る。観察者に徹してこそ出る価値相対的で天上的な主観だろうか。
そのほかでは、春に冴えがあるような気がした。また、電柱と索道とがよく出てきたような気がする。
鷹羽狩行
1930 - 2024