2025-01-01から1年間の記事一覧
俳人で廃人の北大路翼が、師匠の師匠であるところの加藤楸邨の俳句から百句を選んで鑑賞している本。無頼の感受性から一気に句に肉薄していく姿勢が気持ち良い。癖の強い二人の俳人のカップリングで、人間臭い俳句表現の世界を見せてくれている。 枯れゆけば…
アナキズムを研究者栗原康によるナイチンゲールの評伝。ある日突然神の声を聴き、社交生活のなかでのめぐりあわせもあって看護の道に突き進んでいったナイチンゲール。召命された人は止まらない。裕福な家庭に生まれ高度な教育も受けたナイチンゲールには、…
さまざまな絵画に触発されながら、見ることと描くことを中心に、生きるとはどういうことかについての瑞々しい思索が、スケッチのように、即興作のようにつづられていく。各章ごとの題名は基本的に、文章とともに作成された著者自身のアクリル絵画作品の題名…
篠原鳳作は無季俳句の実作と理論で俳句表現の新たな領域を切り拓こうとした俳人。鹿児島市の出身。大学卒業後に宮古島の旧制中学校に勤めていた時、有季の俳句作成に困難を感じたところから無季俳句へと舵を切り、その後自覚的に社会的な主題なども扱うよう…
本書は第15回紀伊國屋じんぶん大賞2025の大賞受賞作。第2位が千葉雅也『センスの哲学』、第3位が三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』というなかでの受賞なので相当すごい。こういう場合、期待感が勝手に高まってしまい、上がったハードルを超…
科学者で俳人という人の作品はかなりの確率で面白い。俳人和田悟朗、生業での専門は物理化学で奈良女子大学名誉教授。関西人のしなやかで奥行きのあるユーモアとアイロニーの感覚も作品からにじみ出てていて滋味深い。 私撰10句 逝く春やわが骨片の二三百…
20代から坪内稔典、澤好摩、摂津幸彦などと活動を共にし、前衛的な作品展開をしていた作家だが、このアンソロジーで光っているのは2010年に刊行された『玉門関』から採られた海外紀行詠。詠みぶりに強引さがなく、それでいて素材の配合にあたらしさが…
正岡子規からはじまる近代俳句の初期段階において、客観写生・花鳥諷詠の流れを確立した高浜虚子とは別の、自由律へと伸びていく俳句革新運動を実践した河東碧梧桐。その代表作2000句と俳論3本で彼の創作の概要を本書でつかむことができる。 多様な作風…
既存協会の批判を行い、宗教の本来あるべき姿を説き、近代的な宗教論を切り拓いていったシュライアマハー。有限存在の陥る弊害を避けるには宗教を持つほかないというのが本書の第一の主張となるが、その前段階として、有限存在である人間はまず特定領野にお…
1995年、76歳、脳溢血に罹り左半身に麻痺が残る。そののち15年、「常臥し」を多用した作句を読みつづけるのは、正直辛いところがあるが、作者の辛さに近くあることを思いながら読むと、それ以前の句とのコントラストが貴重なものに思えてくる。とく…
知的で乾いた精神世界に幻想味がさらりと加わる俳句表現を貫いた俳人。晩年は体調不良と老人性鬱に苦しんだようだが、最後まで芯の折れない気の張りが伝わってくる。最後は自裁ということになってしまったが、それすらここでおしまいで良いという心の曇りな…
高校生から俳句を志向している人の作品を集めた第一句集。1972年~1986年まで、15歳くらいの高校生の時期から青年を終える28歳くらいまでの、長い青春期の一記録。分かるようで分からない「私」というひとつの個を、定型表現におさめながら大切…
自身の論考自体を芸術的かつ哲学的なものとしようとしているようなところがあり、マッチョで錯綜した文章で、すんなり読ませてはくれない。面白いところもいろいろあるのだが、ちゃんとした読解には体力と知力と時間の積み重ねが必要なようで、フレンドリー…
若い時から風貌が痩せた僧侶のようで、地味な印象を持ってしまいがちだが、実は精神的に相当アグレッシブな俳人ではないだろうか? 出発点である第一句集・第二句集はs相当力の入っていた詠いぶりで、人に強い印象を与えるのに十分な作品集であることは疑い…
幾時代を経ることで複雑になり分裂した状態にある諸科学に対して、いま哲学が思索するのは諸科学の究極ではなく、諸科学のあいだであるという姿勢を説く論説。科学者の客観性を保証するのが哲学者の放浪性であり幻想性であり、それでいて究極に辿り着かない…
20年以上にわたる脊椎カリエス療養生活を経て37歳で快癒、その後華道師範として自立しながら俳句を書きつづけた野澤節子の全句集4110句。いたずらに病身を嘆くことなく、精神的には澄み晴れたような境地で身のまわりを詠みつづけた作品には、存在す…
春夏秋冬新年のほかに雑(無季)の部が設けられている貴重な歳時記。もう新刊では手に入らないのが惜しまれる。選者3人の選句も斬新で、20世紀末俳句アンソロジーのひとつの頂点のような感じもする。取り上げられている作者は昭和・平成の新しい俳人が多…
俳句17音で異界に出入りする能力を手に入れたかに見える俳人、中村苑子。俳句史のなかでも貴重な存在のひとりだ。 私撰15句 跫音や水底は鐘鳴りひびき貌が棲む芒の中の捨て鏡凧(いかのぼり)なにもて死なむあがるべし黄泉(よみ)に来てまだ髪梳くは寂…
モダンな詠風はいまも瑞々しさを感じさせる。昭和初期にフィクションを持ち込みながらのリアリズム表現を達成したことは、俳句表現に新しい風を吹き込み表現の可能性を大きく広げたのではないだろうか(ちょっとブラウニングを連想したりした)。客観写生と…
急性骨髄性白血病を患い、病床で自由律俳句を作った俳人。創作の期間はおよそ3年で、全281句が残された。詠まれる対象は病院での療養生活に現われるものだけで、きわめて限られたものであるが、病と死に向き合った表現は強くそして澄んでいて人の心によ…
新興俳句に惹かれ「京大俳句」に参加し西東三鬼に師事、その後石田波郷を知り傾倒してゆく。作風は自身が齟齬を感じた事物をそのままに表現しようとする傾向が強い。情動も意志も強く激しく、厳しさを感じさせるタイプ。年齢による表現の振幅は大きいが、知…
フランス詩の研究が本職で、自作では詩から俳句に転向した平井照敏の選句集。俳句は勤め先に加藤楸邨がいたことからはじめたらしいが作風は似ていない。情念に距離を置いた機知から作られた作品が多い感じで、私はけっこう好きなのだが、激しさがないので物…
横山白虹の四女。俳句界では二世、三世が活躍していることがい多い。小さい時から日本固有の短詩型に触れ、その機微を感覚的に身に着け、気負いなく表現できるようになっているところに優位性があるのだろう。ただ、個人によって表現傾向は違ってくるので、…
かつての毎日新聞社『俳句αあるふぁ』編集長。人によって採る句に偏りが出て来る俳人のようで、茫洋としているところもあるが奥深いのかも。加藤楸邨門下。 400句から私撰5句 春昼の梢をつかむ仁王の手幸福といふ不幸ありヂギタリス闇汁の闇の底なる火の…
俳句の現在形を担っている人の実質的第一句集。 結婚前、出産前、離婚前。 世界のみずみずしさに撃たれ耐えている生の時。 寂しいと言い私を蔦にせよ引越しの最後兎を抱いて乗るここもまた誰かの故郷氷水ステンレスパッドに餌や蛇飼うてなぐさめのつもりか金…
仙というか狂というか惚というのか、俳人しか到達しえないような表現の領域にいる人。飄逸なんだが本人的には大真面目で、まったく衒いが感じられないところがよい。幼心のままにある無為の遊境であり、また戦境であろう。ジャンルを超えて近い人を挙げると…
夏井いつきがなりたいと願い、その才能、その存在には届かないと悔しがった俳人黒田杏子(1938-2023)の全7句集のうち6冊を読んだ(手に入らなかった一冊は第6句集『銀河山河』)。最期まで思うままに活動的に生き、詠い切った姿に、あこがれを持ち、ファン…
西村麒麟の第二句集 『鴨』。ほんのりと笑い崩れた異界。 私撰5句 紫陽花や傘盗人に不幸あれ冷房の開閉すべき箇所故障亡き人を庇ひつつ出る汗やよし秋茄子の人数分が水の上茘枝食ふ野球の話だけしたし 西村麒麟の第三句集 『鷗』。 自立(独立俳誌)の前後の…
年齢の近い弟子の俳人が書いた評伝と作品鑑賞の書。 芭蕉研究と俳句実作のなかから生まれた、俳句の沈黙の力についての楸邨自身の言葉が印象的。 徒らに饒舌な詩歌でなく、しかも言葉が生き、無言とすれすれのところまで生きぬいているような、そういうとこ…
加藤楸邨全句集を読んだ作者の印象は、俳句偏屈癇癪頑固親父といったところ。純粋で直情型なので、学究肌であるにもかかわらずかなり愛らしい。句も一種やぶれかぶれのようなところがあり、旨さよりも存在感自体が訴えかけてくる。曲線好き。全13,532句。戦…