読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

【読了本七冊】東京美術『もっと知りたい  東寺の仏たち』、ノーバート・ウィーナー『サイバネティクス 動物と機械における制御と通信』、佐藤信一『コレクション日本歌人選 43 菅原道真』、草薙正夫『幽玄美の美学』、トーマス・スターンズ・エリオット『エリオット全集2 詩劇』、アンリ・ミショー『閂に向きあって』、中央公論社『日本の詩歌12』より「野口米次郎」

25~30日に読み終わった本は7冊。

まだ新居で落ち着かない感じをゆっくり言葉でふさいでいる。

 

東京美術『もっと知りたい  東寺の仏たち』

www.tokyo-bijutsu.co.jp


空海の思想は生の肯定の思想で、第一作『三教指帰』からの文字文献においても艶めかしい。それがいまも現実世界で出会える立体作品としても残っているのは、受容者としては大変ありがたい。歴史のとっておきの蓄積を味わうことができるのは後代の者の特権であり、別の意味では義務でもある。知っておいた方がいいもの、知っておくべきもの、案内できるようにしておくべきものというものはある。そこは現代感覚やグローバル感性とは別に、地域的にも時代的にも限定された局地性をいくつか自分のなかに持っておくべきものとしてあるのだろうと思う。東日本の人間としても、日本海が世界交流の中心であった時代の文物に対して感性は開いておくべきだ。
本書に収録されている彫刻のなかでは、空海存命時の平安時代のインドテイストの仏像たちが、震えるくらいの存在感を伝えてくれていて、見るものの感性をぐらつかせてくれるのに加えて、1486年の土一揆で焼失後再興された金堂の仏たちなど、江戸以降の彫像の独特の味わいと可愛らしさが心をつかむ。平安期の彫像のなかで忘れがたいのは、講堂の四天王像のうちで、大地の代わりに多聞天を支える「地天女」の安定した肯定感。西欧のガイア神にも通ずる大地神としての存在。自分を主張しない佇まいが、かえって無理のない存在の主張となっている。ある意味最もうらやましい生のあり方を象徴として教えてくれている。
やわらかな感性の肯定ということでは、江戸初期に再興された十二神将像が忘れられない。薬師寺十二神将像の猛々しさとは方向性を異にした造形、とくに頭部につけられた干支十二支の支獣の丸みを帯びた造詣は、根付のような愛らしさがあって、所有欲をゴリゴリくすぐられる。

ノーバート・ウィーナー『サイバネティクス 動物と機械における制御と通信』

www.iwanami.co.jp

サイバネティックスは20世紀後半のあらゆる科学技術に最大の影響を与えた考え方。岩波文庫では解説で大澤真幸がその点を補強している。動物と機械と社会を情報の通信と制御から一元的に考察する可能性を明示的に示した著作。動物はDNAから昆虫、動物、人間まで含んだ広域概念。「一緒くた」「一即多」に触れることで組み替えれる知の一現象。一歴史。21世紀にあっては、もはや古典となった科学分野の歴史的著作という感じもあり、当たり前のような記述の多いのだが、その当たり前をつくりだした原典に触れておくのも無駄ではない。歴史を自分自身で振り返ることができるのが古典といわれる書物のいいところ。


【付箋箇所】
92, 97, 100, 102,194, 228, 240, 301


佐藤信一『コレクション日本歌人選 43 菅原道真

shop.kasamashoin.jp

器と中身というということを考えさせてくれる稀有な詩人。漢詩も和歌もともに能くする人の漢詩と和歌の表現の差異を感じるきっかけにちょうど良い一冊なのではないかと思った。漢詩は志を述べるに適した形式で、和歌は情を増幅させ表明しつつ叙述形式に収めるのに優れた表現。同一人物による表現のコアの別展開の味わいがいやでも伝わってくる。漢字のみと仮名寄りの漢字かな交じり文との根本的差異。恨みの情と捉えられてしまいがちな和歌表現。


草薙正夫『幽玄美の美学』

rr2.hanawashobo.co.jp

ヤスパースの研究者が実存と美の関わりから日本文芸に切り込んだ貴重な一冊。大西克礼にも重なるが、後継の弟子筋がしっかりと存在感を示せてないことがまことに残念。


トーマス・スターンズ・エリオット『エリオット全集2 詩劇』

詩作品にあるような一読破壊的な衝撃はないけれども、教育劇としての効能は後々疑いもなく効いてきそうな印象があるエリオットの戯曲五作。

寺院の殺人 KURDERVIN THE CATHEDRAL 1935 福田恆存
一族再会 THE FAMILY REUNION 1939 福田恆存
カクテル・パーティー THE COCKTAIL PERTY a comedy 1950 福田恆存
秘書 THE CONFIDENTIAL CLERK 1954 松原正
老政治家 THE ELDER STATESSMAN 1959 松原正

【付箋箇所】
32, 116, 131, 169, 257, 284, 338, 395, 423, 555, 612

アンリ・ミショー『閂に向きあって』

体質の違いからかミショーにはあまり乗れない。新宮一成ラカン精神分析』の口絵でミショーの水彩画がわりと多めに紹介されていたので、もしかしたら響くかもしれないと思って読んでみたが、独自の幻想世界に付き合うことはできなかった。メスカリン体験以前の本質的なところで共振できていないので、たぶんそりが合わないのだろう。一般的に評価が高いものと個人的な趣味とのミスマッチングというものはまあなくせない。知的な部分でわかりあえるならそれでもいいのだけれど、その部分でさえわからない世界というものはある。なんだかわからないものに反応する人たちがいるし、私自身が他の人から見ればなんだかわからないものに反応している人間のひとりである可能性が高いことにも何となくわかりながらすり合わせをしていることを感じている。

【付箋箇所】
40, 50, 100, 104

中央公論社『日本の詩歌12』より「野口米次郎」

大部分は自己責任ではあるのだが、現在の不遇はなんだかかわいそうにも思える野口米次郎。まあ根底にある能天気系の精神構造が日本人には受けないのだろう。私は逆にその能天気さに魅かれているところもあるので、再興共感をもとめるのは難しいのだろうけれども、ただ忘れ去られるのはもったいないので地道に再興活動を続けていこうかと思っている。