読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

金井美恵子『切りぬき美術館 スクラップ・ギャラリー』(平凡社 2005)

映画、とりわけオーギュス・トルノワールを父に持つジャン・ルノワールに寄り添ってもらいながら、図像にも高揚する個人的な日々を、文章で迎え撃ちつつ、外の世界にも波及させようとしているかのような、勇ましさも感じさせる美術エッセイ集。

戦闘的で毒のある文章のかたわらに、穢れを振り落とした清らかでまっすぐな想いが添えられていたりして、なんとも複雑で、容易には近寄りがたい趣きを持つ著作ではある。

私の感性のレベルを超えて来い、という想いが埋め込まれている文章なので、なかなか単純に好きだと言って済ませることのできない危うい感じはつねに漲っているのだが、読むことだけは禁じられてはいなさそうなので、こっそりお教えを乞うようなかたちで拝読させていただく。

もっとも金井美恵子らしいのは、期待の裏返しで、どうにも壁を超えてないように思われる年下の秀才君、高橋源一郎浅田彰に嫌みを交えつつ言及せずにはいられないところだろうか。文筆業の先人としての金井美恵子に対しては、ぼんやりしている感じもある後輩二人に対して、逆に気になって仕方がないような雰囲気を伝えている文章があるのが、なんとも好奇心をそそってくれて好い。

球速170キロを超えたうえで変な変化を見せるボールを操る可能性も秘めているくせに、2軍レベルで何やってんの、といった思いを込めた文章がたいへん香ばしく、同業者の世界というものを感じさせてくれて、とても味わい深い。

個人的に気になる年下の文筆業者二人に対する嫌みは、しかしながら本書の本筋ではない。敬愛する兄的存在である澁澤龍彦に導かれて書いたような、ソンネンシュターンやスワンベルグの作品を前にしたときの唖然とせざるを得ないような体験を文章化したところに本書ならではの特色が出ている。また、日本の画家でいえば、長谷川潾二郎と岡鹿之助のような、静けさの中にも幻想寄りの情動を沸騰させずにはおかない稀有な画家を愛情込めて紹介しているところに特徴がある。

メジャーな路線とは異なるところから、絵画にアプローチして、長く楽しむ、長く親しむ、ということを教えてくれる、独自な一冊に仕上がっているように感じた。


金井美恵子
1947 -


参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com