読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

高橋睦郎『鷹井』(筑摩書房 1991)

多才な高橋睦郎の手になる新作能。能の試みとして1921年に書かれたイエーツの戯曲『鷹の井戸にて』をベースに、1990年の公演用に翻案・リメイクを委嘱され作成された作品。アイルランドの詩人の作品を伝統的な謡曲の構造、文体にどこまで近づけられるかを眼目に作り変えられた、ほとんど新作といってよい想像力あふれる作品となっている。

いちばん鮮やかなのは、原作では本物の井戸であったものを、「枯葉の下の乾ける丸石」に変えたところ。「井戸と申すゆゑんは 僅か十歳(ととせ)に一度のたまゆら 石のおもてに水湧きいづると申す」と謡われる、その石をうるおす水は呑めば永遠の命をもたらすといわれる霊水。舞い謡われるなかで石のおもてに水がうるおいひかる様子は、宝石があらわれたかのような幻想も引き起こす。まさに夢幻能と言うにふさわしいつくりとなっている。登場する人物や鷹とのまぼろしを見るような二重化、事の次第を告げさせるための作者の舞台上への導入など、現代の劇作品として鑑賞しても驚くべき凝縮度と完成度と前衛性を持ち合わせている。傑作と思うのだが、どうだろうか。

ほかに、エズラ・パウンドの利子についての詩から発想を得た狂言「梅の木」と、バタイユの『ジル・ド・レ論』を愛読していた時に作られた血みどろの新作能「魂の宴」が併録されているが、いずれも劇詩として優れている。実際の舞台ではどのように謡い演じ舞われるのか想像すると楽しいのだが、能を見慣れていない私のような人間は、台本で呑気に想像を膨らませているだけのほうがよいのかもしれない。


高橋睦郎
1937 -

参考:

uho360.hatenablog.com

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