読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

原作:ミゲル・デ・セルバンテス、訳・構成:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ『ドレのドン・キホーテ』(原作 1605, 宝島社 2012)

ドレの挿画178点とともに読む『ドン・キホーテ 正編』の縮約翻訳本。岩波文庫版だと正編=前篇部分が三冊で1200ページ、本作はドレの挿画を含めて446ページなので約3分の1の分量。原作を読むのに躊躇している人にとっても52の話が欠けることなく再構成されているので手に取りやすく得るものも多い。訳出と縮約再構成している谷口江里也の解釈と、確かな技術と豊かな想像力とで見事に視覚化されたドレの解釈のふたつの解釈を通して『ドン・キホーテ』を読み通すことができる。ドレが作品『ドン・キホーテ』に込めた思いは相当強く、もっとも信頼を置いていた彫師とのタッグで、質の高い芸術的な挿画を贅沢に情熱的に織り込んでいる。完成された芸術家としての31歳のドレの熱量が版画のひとつひとつの部分から伝わってきて、本書は贅沢な絵巻物を読んでいるような高揚感を与えてくれる。騎士道物語の読み過ぎで奇矯なふるまいをするようになってしまったドン・キホーテの姿は文章としては基本的に笑いの対象として叙述されているのだが、ドレの絵には高貴さのようなものが失われることなく描かれているために、笑いの場面を鮮明化するとともにドン・キホーテの悲哀や真摯さまでが重層的に表現されている。リアリズムがロマンスのパロディであり、その逆にロマンスのパロディがリアリズムであることが、ドレの版画からも分かるというところがすばらしい。爽快な作品。

なお、読書中はドン・キホーテの通り名「憂い顔の騎士」からの連想で大江健三郎(『憂い顔の童子』という作品もある)のことが気になったり、狂気と正気の境を行き来しているところを読んだりしているときにはアントナン・アルトーが気になって来たりもした。

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目次:
第 1話 かの有名な郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの人柄と日常について
第 2話 いよいよ遍歴の旅に出たドン・キホーテ
第 3話 騎士の叙任を授かるドン・キホーテ
第 4話 宿を出た我らが騎士に起きたことなど
第 5話 我らの騎士の災難、そのあとのことなど
第 6話 我らの騎士の書斎での司祭と床屋の奇妙な大捜査
第 7話 我らが騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの2回目の旅立ち
第 8話 風車を相手の我らが騎士のとんでもない冒険、そのほかのことなど
第 9話 我らが騎士とビスカヤ男の決闘の結末
第10話 決闘のあとで、ドン・キホーテサンチョ・パンサが話したことなど
第11話 山羊飼いたちとの間で起きたことなど
第12話 新たに現れた羊飼いがドン・キホーテに話してくれたことなど
第13話 グリソストモの埋葬、そのほかのことなど
第14話 死んだ羊飼いが遺した絶望の詩と、そのほかの思いもよらぬことなど
第15話 武器を持たない馬方たちとのあいだで起きた不愉快なことなど
第16話 お城だと思った田舎屋で我らが騎士に起きたことなど
第17話 勇者ドン・キホーテと従士サンチョの、田舎宿での苦労の数々
第18話 サンチョ・パンサドン・キホーテに話したもっともなことなど
第19話 サンチョ・パンサが話したもっともらしい話、その後の冒険のことなど
第20話 高名かつ勇猛な騎士の、世にもまれな危険な冒険のことなど
第21話 マンブリーノの兜を巡る大冒険と、そのほかのさまざまなできごとなど
第22話 連行される不幸な人々に、ドン・キホーテが与えた自由のことなど
第23話 モレナ山脈の山の中で、ドン・キホーテが出会った冒険のことなど
第24話 モレナ山脈の山の中での冒険のつづき
第25話 勇敢なラ・マンチャの騎士に起こった奇妙な出来事と苦行のことなど
第26話 恋するドン・キホーテの繊細な気持のことなど
第27話 司祭と床屋の計画の実行、そのほかの語るにふさわしいことなど
第28話 同じ山の中で、司祭と床屋のニコラスが新たに出会った楽しい冒険
第29話 『憂い顔の騎士』を苦行から救い出すための巧みな計画など
第30話 美しく賢い娘ドロテアの機知と、いくつかの楽しいことなど
第31話 ドン・キホーテサンチョ・パンサとの愉快な会話、そのほかのことなど
第32話 田舎宿で起きたことなど
第33話 小説『奇妙なあやまち』に書いてあったことなど
第34話 小説『奇妙なあやまち』の続き
第35話 我らの騎士の果敢な闘い、ならびに『奇妙なあやまち』の結末
第36話 田舎宿での、とてもあり得ないほどの出来事など
第37話 ミコミコーナ姫の物語はいかに続けられることになったか
第38話 文武についてのドン・キホーテの興味深いスピーチ
第39話 捕虜になった男の身の上話
第40話 捕虜になった男の身の上話の続き
第41話 さらに続く捕虜になった男の身の上話
第42話 田舎宿でまたまた起こった大事件、そのほかのことなど
第43話 年若い牧童の素性と、田舎宿で起きたそのほかのことなど
第44話 田舎宿で起きた奇妙な出来事の続き
第45話 マンブリーノの兜と鞍の見聞の顛末、そのほかのことなど
第46話 ドン・キホーテと警官との騒動の続き、そのほかのことなど
第47話 奇妙な魔法にかけられたドン・キホーテ
第48話 騎士物語に関する式典僧の話の続き
第49話 式典僧の話の続きと、そのほかのことなど
第50話 さらに続いた騎士物語に関する式典僧との話、そのほかのことなど
第51話 山羊飼いの話、そのほかのことなど
第52話 最後の冒険、そして故郷に帰るドン・キホーテ


ミゲル・デ・セルバンテス
1547 - 1616
谷口江里也
1948 - 
ギュスターヴ・ドレ
1832 - 1883