読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

『ドレの昔話』(原作:シャルル・ペロー、翻案:谷口江里也、挿画:ギュスターヴ・ドレ 宝島社 2011)

グリム兄弟によって収集された童話集に先行するフランス人詩人のシャルル・ペローによる民間伝承をベースにした物語集。谷口江里也によって現代風にアレンジされているところもあるようだが、基本的にシャルル・ペロー作品に忠実で、近代的な物語の枠組みから外れるような残酷さや、説明されずに放置される傍系の登場人物や、出来事が生じる背景に無関心であるかのような唐突なはじまりと転換と終局といったものが、読んだ後にもざわついて奇妙な後味を残す。読み手に知恵を与える教訓譚でありながら、知恵が届かない何かしらが常に共存しているとでもいうことも言外に示しているような、不思議な味わいの物語であると思う。単に語る価値がないと思ったものについて語らずにおいているだけのような気もするが、物語世界を見通すパースペクティブに落度というか欠落部分があるのがなんともいえず不安を掻き立てもする。シャルル・ペローの昔話は、濃厚な物語空間とそれと共存している充足していない世界の欠落感をともに感じとることができるところに魅力があるような感じがする。

たとえば、ペローの赤頭巾ちゃんはお婆さんも赤頭巾ちゃんも狼に食べられてしまったところで話はあっけなく終わってしまい、狼も赤頭巾ちゃんのお母さんもその後どうなったのかは一切追及されない。また親指トムでは、親指トムに殺された人食い鬼の子供や人食い鬼の囚われの身になっていた女性のその後は語られないままだ。あおひげは、殺人鬼という隠された姿が暴かれ殺されて惨劇は終わりを迎えるのだが、殺人の動機や、長年にわたる裕福な生活がどのように成立していたかについては一切触れられない。胸騒ぎがおさまるのは物語世界のクローズアップされた部分だけであって、事件がいつでも起こりそうな世界の雰囲気は簡単には消え去ることなく読後もしばらくは残っている。

ドレの版画はいつもながら良質で完成度の高い作品に仕上がっているのだが、シャルル・ペローの作品の空気を深く取り込んで、どこかしらおどろおどろしい雰囲気の挿画として、作品にふさわしい世界観を創り上げていることに貢献しているようだ。

旧約聖書の挿画に次いで、建築物や装飾が描かれる場面が多く、数ある古典作品挿画のなかでもドレの技巧と感覚の妙を感じ取りやすい作品集ではないかと思う。

文章も挿画もともに奇妙ではあるが満足のいく味わいで、質量的にオーバースペックになることなく豊かな鑑賞時間をもたらしてくれるはずである。

tkj.jp

目次:

眠り姫
赤頭巾ちゃん
あおひげ
長靴をはいたネコ
シンデレラ
巻き毛のリケ
親指トム
あとがき

シャルル・ペロー
1628 - 1703
ギュスターヴ・ドレ
1832 - 1883
谷口江里也
1948 -