数学を専門にしていない人にも開かれた数学と数学する人をめぐっての軽快かつ情緒のある世俗批評。チューリングと岡潔がメインだか、その前段で語られる数学の形式化と基礎づけに関する危機の歴史の語り方が興味深い。数を数える数学の発生にはじまり、心と記号、身体と道具の兼合いから、新たなものが生まれていくさまが自然に納得できるようなかたちで一貫して説かれているところが特徴的。特にアラン・チューリングが抜群の数学的能力をもって心と機械を架橋するような仕事となる「万能チューリングマシン」や「チューリングテスト」を創出し、現在の人工知能の発展に大きな貢献を残したことに関する記述は、よく要点をとらえていて印象的であった。チューリングの伝記部分から説かれる人物像も的確で記憶に残る強度がある。数学する人物の業績の意味を伝えることもさることながら、数学する人物の数学する心の根幹にあるものをとらえるのがこの作者はうまい。学問寄りの論考というよりも、文芸色の濃い批評作品という印象が強いのもそのためだ。30歳でのデビュー作である本作で、第15回の小林秀雄賞を受賞しているのもうなづける。欲をいえば岡潔の研究対象である「多変数複素解析関数」の現在地に関する解説がもう少し欲しかった。
【付箋箇所(単行本)】
2, 30, 34, 35, 39, 45, 74, 88, 98, 125, 131, 132, 137, 167, 184
目次:
第一章 数学する身体
人工物としての“数”/道具の生態系/形や大きさ/よく見る/手許にあるものを掴みとる/脳から漏れ出す/行為としての数学/数学の中に住まう/天命を反転する
第二章 計算する機械
Ⅰ 証明の原風景
証明を支える「認識の道具」/対話としての証明
Ⅱ 記号の発見
アルジャブル/記号化する代数/普遍性の希求/「無限」の世界へ/「意味」を超える/「基礎」の不安/「数学」を数学する
Ⅲ 計算する機械
心と機械/計算する数/暗号解読/計算する機械(コンピュータ)の誕生/「人工知能」へ/イミテーション・ゲーム/解ける問題と解けない問題
第三章 風景の始原
紀見峠へ/数学者、岡潔/少年と蝶/風景の始原/魔術化された世界/不都合な脳/脳の外へ/「わかる」ということ
第四章 零の場所
パリでの日々/精神の系図/峻険なる山岳地帯/出離の道/零の場所/「情」と「情緒」/晩年の夢/情緒の彩り
終 章 生成する風景
森田真生
1985 -