読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

栗原康『大杉栄伝 永遠のアナキズム』(角川ソフィア文庫 2021, 夜光社 2013)

現代日本政治学者でアナキズム研究家である栗原康の二冊目の著作。快作であり怪作である『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』(岩波書店、2016年)や『死してなお踊れ――一遍上人伝』(河出書房新社、2017年)に先行するアナーキーな人物評伝の第一作目。まだほぼ無名に近い時代に書かれた著作とあって、独自スタイルを押し通す奔放っぷりは影をひそめているが、評伝の対象になりきっての心のつぶやきや書き手のちょっとした感想を合いの手のようにはさみつつ論を展開させていくスピード感あふれる軽妙な語りは随所に顔を出していて個性を主張している。

大杉栄関東大震災の混乱に乗じて官憲に殺害されてから100年、時代閉塞の空気感がどことなく似通ってきている状況の中、さすがに暴動暴力による実力行使をひとつの核とした抵抗運動を諸手を挙げて賛同することはためらわれるが、戦うべき相手や、現にある抑圧的制約に代わりうる体制の姿を考えるきっかけを与えてくれる、貴重な一冊であると思う。

大杉栄の文筆家・扇動家としての才能と、個々人の自由を阻害する権力志向に対する嗅覚の鋭さと、人をいらだたせもする勝手気ままさが同居しているさまがよく描かれていて、大変面白い。甘粕事件に関しては『村に火をつけ、白痴になれ――伊藤野枝伝』のほうがより臨場感をもって多くの情報を伝えてくれている感じもするが、日本における資本家に対する労働者の抵抗思想そのものや思想家たちの動きについては本書のほうが幅広く書かれている。

金に無頓着でありながら贅沢好きでもあった大杉栄クロポトキンの「相互扶助」を訳していたりして、死んだときには当時の額で1万5000円(現在の金額に換算すると1500万円)もの多額の借金を抱えていたという。自分中心の勝手な振舞いをする人物の側面を多く持っていたであろう大杉栄の負の面も含めて考えてみるとかなり参考となる。

なんでもかんでも、カネもうけにつながらなくてはならないとか、社会的地位の向上につながらなくてはならないとか、そんなことをいってばかりだ。もうたえられない。工場であばれる、警官に殴りかかる。うれしい、楽しい、気持ちいい。それが労働運動のアルファであり、オメガであった。前衛の導きによって、遠い将来のためにどうこうとかそういうことではない。いまこの場で、他人の束縛をふりきって、自分の気持ちをおもいきり表現したい。
(第五章「気分の労働運動」より)

表現は一方的なもので収まるわけはない。祭りの前の感覚の人もいれば、祭りの後の感覚の人もいて、壊すよりも遠ざかる術を考える人もいる。大杉栄と気質の違う人は、大杉の言動に疑問を感じるとき、彼の考えのそばにあってまるで違う行動や思考回路をすこし考えてみるいい機会にもなる。

www.kadokawa.co.jp

【付箋箇所】
7, 11, 12, 46, 61, 116, 121, 124, 129, 135, 141, 156, 160, 164, 168, 172, 177, 207, 211, 228, 230, 240, 266, 281, 286, 321, 324, 355, 357

目次:

はじめに
第一章 蜂起の思想
第二章 アナキズム小児病
第三章 ストライキの哲学
第四章 絶対遊戯の心
第五章 気分の労働運動
第六章 アナキストの本気
おわりに

 文庫版あとがき
 脚注
 参考文献
 解説
 人物解説・索引


栗原康
1979 - 
大杉栄
1885 - 1923

 

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com