読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ブルーノ・シュルツ『シュルツ全小説』(工藤幸雄訳 平凡社ライブラリー 2005)

ポーランドユダヤ系作家・画家・ホロコースト犠牲者。

ヴィトルド・ゴンブローヴィチ、スタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェヴィチとともに「戦期間ポーランドアヴァンギャルドの三銃士」とも呼ばれた奇想の作家。

カフカ的な世界と比較されることも多いが、小説の印象としては、詩的表現に重心を置いたスタイルであり、突然の場面転換が多い前衛的な作風で、文面を追いながら自分自身の現状に沿った連想に少しでも傾いてしまうと、文脈や前後関係を見失いがちになり、少し前の文章を読み返す必要が出てくるような、モザイク的な作品であるという感じ。作品の世界観を受け入れるには、読者側の努力というか、集中力、乗り、親和性がためされているようで、カフカ作品に対するよりも読者側の共感度がためされるような作品群である

私にとって『肉桂色の店』は1989年に刊行された集英社ギャラリー<世界の文学> 12 ―    ドイツ 3・中欧・東欧・イタリア―で30年ほど前に読んで以来の再読。

初読20代はじめ、再読50代はじめ。

要介護の父を看ていた母親が倒れ、地方の生家にヘルプに戻っていた間、空いた時間に読んでみようとおもい、実家に持って帰った一冊。

本投稿は、10日経った時点で、一通り読み返した時点での感想メモ。

ブルーノの作品は20世紀初頭ポーランドの電化前の狭いユダヤ人街で親族がひしめき合って暮らしている世界を描いたもので、特に精神病をながく患って死に至ったブルーノの父親へのおもいを清算するという意味が込められていると思う。

ブルーノが23歳の時に、精神病者として10年の患いののちに狂死した父親。この父親に関する描写からは激しい統合失調症的な様子がうかがわれ、息子側も幻想によってその現実を変換しながら受け止め消化しているような様子がうかがえる。

特に死や人格崩壊を延期しながら自分の身体を変容することで生者の世界の側に特異な形で辛うじて生存している命の姿を描きだそうとしているところは、その不気味さ加減とともに心に響いてくるものがある。

同じ登場人物が頻繁に異物に変身しながら、作品を超えてはまた元の人間の姿に戻って活動していることの整合性など、つじつまのつきようがなく、落ち着きの悪いこともかなりある。

ただ、それにも増して、異形に変形する瞬間の強度とその後のありようには真実と思わせる側面があり、幻想としてのリアリティーを高く保っている。

現実からは飛躍のある人が人ではなくなる場面を数多く描きながら、人が人ではなくなった近親者に対する態度振舞いについては、ある種の驚きとともに受容と働きかけの姿を実験的でありながら標準的な範囲におさめているところに、時代をこえた新鮮さが感じられた。

小説家として日本の歴史の中にも名を残しているブルーノ・シュルツではあるが、訳者工藤幸雄の紹介によると、ブルーノの意識としては画家を本職と考えていたらしい。そのことを踏まえて、ブルーノの小説作品を原作とした映像作品(とくにマンガ)の出現を訳者は自身の全訳業にあわせて期待し奨励しているのだが、共感を呼ぶ物語性にはなかなかおさまりきらない細部の横溢を、一定の枠組みのなかで物語的にも映像的にもまとめ上げるのはかなり大変なことだろうとおもう。ビジュアル化に関わることのできない一読者としては、せめて内的に映像化可能なまでに、時を見て、作品を読み返してみたいといまはおもう。

死を先延ばしするなかで甲殻類に変身してしまった父親と、それを我あらずゼリー詰めの料理に調理してしまった母親、そして盛られてしまった料理に対して手を付けることなく無言で対応した家族親類一同の振舞い。

幻想の映像自体は若い時に読んだときのほうが印象深いものではあったが、人々の選びようのないなかで選択してしまっている行動の数々の描写については、生まれてからの時をよりいっそう経た今時点でのほうがより噛みしめられている。

j多くは40代に書かれた作品の数々。作者の年齢を超えて読むことで初めて味わえる味もでてくるのであろうというおもいも起こってきた。

 

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【目次】
肉桂色の店(第一短篇集)
 八月 
 憑き物 
 鳥 
 マネキン人形 
 マネキン人形論あるいは創世記第二の書 
 マネキン人形論 続 
 マネキン人形論 完 
 ネムロド 
 牧羊神 
 カロル叔父さん 
 肉桂色の店 
 大鰐通り 
 あぶら虫 
 疾風 
 大いなる季節の一夜 

砂時計サナトリウム(第ニ短篇集)
 書物 
 天才的な時代 
 春 
 七月の夜 
 父の消防入り 
 第二の秋 
 死んだ季節 
 砂時計サナトリウム 
 ドド 
 エヂオ 
 年金暮らし 
 孤独 
 父の最後の逃亡 

(その他雑誌掲載作品)
 秋 
 夢の共和国 
 彗星 
 祖国 

訳者解説
巻末エッセイ 歪んだ創世記  田中純

 

ブルーノ・シュルツ
1892 - 1942
工藤幸雄
1925 - 2008