読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(新潮社 2020, 新潮文庫 2022)

あまりにも優秀で実生活も充実している人の言葉に接したとき、それに比べてオレは何なのだろううちの家族は何なのだろうと鬱屈した思いに囚われることはままあることで、あまりに近づきすぎた天使的領域のエネルギーから活気づいてしまった悪魔的エネルギーを祓うのに時間がかかることがある。ドミニク・チェンが書いて非常に評判のよい本書も私にとってはそんな一冊。メモを残すためにもう一度本を手に取るまでに二週間かかった。読んだ直後の日記にはこう書いてある。

 

情報学研究者が半生を語りながら言語コミュニケーションの活性化を促そうとしている未来へ向けての実践の書。充実した半生を見せられた感じで、魅力とともに疎外感を感じた。言語の濃度差によってこちら側から水分が持っていかれてしまっているのではないかな。嫉妬もできないくらい格差があるよ。 

 

格差はある。それでも共に同じ時代を生きているところに未来に向けて開かれている可能性がある。ゆるいつながりではあるが、少なくともまとまった分量の言葉を受け止めて、著者ドミニク・チェンが描くコミュニケーションの姿を印象に残せて、次の何かにつなげることはできたであろう。

コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に受け入れるための技法である。

トリリンガルで軽度の吃音を持った著者の日々の言語生活の反復のなかから「自分だけのパターン」があらわれてくることを追体験しつつ、その世界獲得の様相が魅力的な各種理論によってより鮮明に輪郭づけられているところからは、頭で考えただけでは生まれてこない生気が発散されている。ドゥルーズ、ユクスキュル、フンボルト、サピア、ウォーフ、ベイトソンなどの思考が、きわめて身近に感じとれることができる著作はめずらしい。

幼児からの成長していくなかでの言語実践、没入体質からくるであろう深くて持続的な遊びと学びのすべてが現在につながっているところには驚いてしまう。ゲーム、プログラミング、SF、哲学、芸術、音楽、能楽、ぬか床など、時間と手前をかけてきたものが発酵して、ひとつのピークとして一堂に会しているような景観なのである。打算的ではないところから生まれている本当に楽しい知識お姿が本書にはある。

強さと弱さを同時に持って往還できる繊細さが魅力のドミニク・チェンの著作。

 

www.shinchosha.co.jp

www.shinchosha.co.jp

【目次】
はじまりとおわりの時
第一章 混じり合う言葉
第二章 デジタルなバグ、身体のバグ
第三章 世界を作る言語
第四章 環世界を表現する
第五章 場をデザインする
第六章 関係性の哲学
第七章 開かれた生命
第八章 対話・共きょう話わ・メタローグ
第九章 「共に在る」ために
おわりとはじまりの時


【付箋箇所(新潮文庫版)】
24, 79, 104, 115, 136, 155, 160, 169,  220

ドミニク・チェン
1981 - 

ja.wikipedia.org