読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

野口米次郎「敬意」(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

敬意

 私は口を閉ぢる。時間に私を支配する権利がない。私は世界の凡てから離れる。
 私は私の魂の前に跪まづく貧しい修行者だ………知識を忘れ言葉を忘れ思想を忘れ生活を忘れる空虚の僧侶だ。
 私は私の魂の目の窓を閉ぢる、耳の戸口に塀を築く、世界の香気は私の魂の鼻の穴を見舞わない………歓喜悲哀、問答に返答、入る呼吸、出る呼吸も今日は私の魂を煩はさない。世界のすべてが私から遠ざかり行く。私は私の閉ぢた口を再び開かないであろう………それが私の世界への敬意だ。
 

(Seen and Unseen 1896『明界と幽界』より)

野口米次郎
1875 - 1947

 
野口米次郎の詩 再興活動 No.006