読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

山内義雄訳『フランス詩選』(白水社 1964, 1995)マルセルの消えぬ記憶と秋の暮

ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』やアレクサンドル・デュマ・ペールの『モント・クリスト伯』の訳者として名を残している山内義雄のフランス訳詩集。私はポール・クローデルの詩を日本語で読みたいと思い検索していた中で出会った訳詩集。クローデルに関してはほかの本と併せて別途まとめたいので感想保留。訳詩集の中でのクローデルは分量的には一番大きいけれども、資質的には訳者とベストマッチングの詩人ではないような印象を持った。何処か猛々しいクローデルよりも、洗練されすぎて狂暴性が表向き分らないプルーストのような作家に共振するタイプの訳者なのではないかと思った。二〇年ぶりくらいで読んだプルーストの『楽しみと日々』は、沁みてきて、驚いた。人生の半ばを過ぎて『失われた時を求めて』も読み時になってきたのかもしれない。

 

人生に於けるあらゆるものは、目に見えず、徐々に転落して行くものだから。十年も経てば、すでに昔の弁別(みわけ)もつかず、乃至それを否定するようになってしまい、あたかも牛のように、たた目前食むべき牧草のために生活するようになってしまう。(マルセル・プルースト「音楽を聴く家族」p149)

 

いま、わが心には愛欲の思いも消えてしまった。わたしは、忘却の戸口に立って畏怖(おそれ)を感じる。過ぎ去った幸福のかずかず、今はまったく癒えた悲しみのかずかず、それらはすべて静まり、いささか蒼み、わが身に近く、それでいながらわが身から遠く、姿もすでに朧になって、さながら月光を浴びているかのように、じっとわが方(かた)を見つめながら黙している。へだたりの遠さ、そこはかとないその蒼白さ、それが悲愁と詩とでわたしを酔わせる一方、それの黙しているということが限りなく心に沁みる。そしてわたしは、飽くことなく、この心の中の月光に眺め入るのだ。(マルセル・プルースト「月光を浴びたるごとく」p158-159)

 

※引用は実際は旧字旧仮名

プルーストの『楽しみと日々』、私は福武文庫の窪田般彌訳で読んでいた。いま、岩波文庫から岩崎力訳で出ているらしい。読んでみようかなあという気になっている。

 

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収録詩人一覧
クリストフ・プランタン
シャルル・ドーヴァル
アロイジユス・ベルトラン
ステファンヌ・マラルメ
ジュール・ラフォルグ
ジャン・モレアス
アンリ・ドゥ・レニエ
ポール・クローデル
フランシス・ジャーム
ポール・フォール
アンドレ・シュアレス
マルセル・プルースト
レオン・ポール・ファルグ
ギ・シャルル・クロス
フランシス・カルコ
マクス・ジャコブ
ピエール・ルヴェルディ
ポール・エリュアール
ギヨーム・アポリネール
ジュール・ロマン
ジョルジュ・デュアメル
シャルル・ヴィルドラック
アンドレ・スピール
ルイ・コデ
ジャン・リシャール・ブロック
ノエル・ヌエット
モリス・マーテルリンク
シャルル・ヴァン・レルベルグ
エミル・ヴェルアーラン


山内義雄
1849 - 1973
マルセル・プルースト
1871 - 1922
ポール・クローデル
1868 - 1955