読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

ハンス・ヨーナス『アウシュヴィッツ以後の神』(原著 1994, 法政大学出版局 品川哲彦訳 2009)

ハンス・ヨーナスは1903年生まれのドイツ系ユダヤ人哲学者。学生時代にはシオニズム運動に参加し、第二次世界大戦時にはイギリス軍に志願しユダヤ旅団に属してナチス・ドイツと戦った。また、戦期にドイツから出国することの叶わなかった母親は、アウシュビッツの収容所で犠牲となったとヨーナスには伝えられていた。

哲学者としては、大著『生命の哲学 有機体と自由』(1966, 1979)で、物質代謝という唯物論的側面から生命や個体や感覚器官や認識を研究し、人間において抽象思考能力がはじめて出現し、存在することの意味を問うという歴史的出来事が起こり、希望の光を生み出す可能性をもちながら、いまも問いつづけられているということを示した。本書はそれにつづいて、哲学者の立場とユダヤ教の伝統的な立場から、積極的に神について言及した講演論文を集めた著作。
哲学者の立場としてはカントの「可能的経験世界の限界」を支持し、いかなる神の証明も根拠も待ちえないとしながら、ユダヤ教徒の立場から、アウシュビッツの惨事とユダヤの神がいかに併存しえたのかということを、カバラ神秘主義伝統のイツハク・ルリアの神の収縮(ツィムツム)を召喚しながら、当事者として極限的に思考しているところに圧倒される。立場を同じくしない者に対しても、現世において完結決済するユダヤ的世界観と思考の徹底が開示されていて、ひとつの仮説、ひとつの信仰として、検討可能な窓口が大きく開かれている。ひとつの伝統に従ってはいるが、あくまで仮説、推測、ミュトス(神話)として提示しているにとどまり、真理とゴリ押ししてこないところに、開かれた可能性と異なる世界観に対しての誠意に満ちた挑発を感じさせる。
アウシュビッツを見ながら何も出来なかった不完全な神を、ユダヤ的な思考を基盤として救済肯定し、惨禍を受けた後の世界を生きる人間自身をも救済に向けて歩みつづけさせようとする強靭な思考。新しいミュトス(神話)を生み出し、引き受けることが、いかに過酷なことであるかということが、他人事ではありながら、ジワリと迫ってくる一冊。

 

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【付箋箇所】
8, 12, 20, 25, 26, 33, 53, 60, 61, 68, 71, 74, 76, 100, 102, 109, 116, 126, 148, 160, 161, 195, 201, 203, 204, 

目次:
第一章 アウシュヴィッツ以後の神概念 ──ユダヤの声 (1984)
第二章 過去と真理 ──いわゆる神の証明にたいする遅ればせの補遺 (1990/91)
第三章 物質、精神、創造 ──宇宙論的所見と宇宙生成論的推測 (1988)

ハンス・ヨーナス
1903 - 1993
品川哲彦
1957 -

参考:

uho360.hatenablog.com

uho360.hatenablog.com