教養と詩才は単純な相関関係にはない。美術史家、書家として著名であることが歌人としての評価を多分に高めているのではないかというような下衆の勘繰りをめぐらせても詮無いことだが、和歌短歌の業界人ではない読者にとっては、「会津八一の歌」と言われてもぱっと浮かんでくるものはない。本書を読んでも、この歌人独特の味があり、且つ、一般受けしそうな歌、という選択基準ではあまりピックアップはできない。しかし、個人的に好きな歌はいくつかある。参考になるかどうか、以下に引用させていただく。
はつなつ の かぜ と なりぬ と みほとけ は をゆび の うれ に ほの しらす らし
※奈良で仏像を見ての作歌
※大分市外上野の石仏をみて
ひびわれし いし の ほとけ の ころもで を つづりて あかき ひとすぢ の つた
※菅原道真をおもひて
わび すみて きみ が みし とふ とふろう の いらか くだけて くさ に みだるる
※観世音寺の鐘楼にて
つき はてて くだる しゆろう の いしだん に かれて なびかふ はた の あらぐさ
※村荘雑事
おこたりて くさ に なり ゆく ひろには の いりひ まだらに むし の ね ぞ する
私の日本古典に向かうときの趣味は、人とそれほど違わない、「無常」である。家破れた後に草木生い茂るような土地の姿に瞬間ピン止めされてしまうような心性。植物のようなかな文字に立ち止まって見入る文芸趣味。なので、草があって虫が鳴いている歌であれば、それはそれで十分だったりする。
今回、私が読んだのは新潮文庫版だが、現在入手するとしたら岩波文庫版のほうが容易。
会津八一
1881 - 1956