読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

イリヤ・プリゴジン + イザベル・スタンジェール『混沌からの秩序』(原書 1984, みすず書房 1987)

世界の再魔術化、魅惑の世界の再来ということに関してモリス・バーマンは「デカルトからベイトソンへ」という線を引いた。イリヤ・プリゴジンはバーマンとはまた別の視点から複数の魅力的な線を引いている。


 ディドロ、カントからホワイトヘッド
 独立体からコミュニケーションへ

 哲学と数学の蓄積のなかからノーバート・ウィーナーへ

 ニュートンからボルツマンを経てハイゼンベルク


熱力学の第二法則から量子力学に視点を移しながら、時間の不可逆性という魅惑をプリゴジンは説く。アインシュタインが物理学に不可逆性を導入することに抵抗した姿を残念に思いながら彼の業績をたたえている文章のなかに、その魅惑の世界の姿が端的に表わされていると私は思った。

彼(引用者注:アインシュタイン)の世界は観察者や、相互に動いている種々の座標系にいる科学者や、重力場のいろいろな星にいる科学者で満ちている。これら観測者はすべて、宇宙のいたるところで信号を送って情報を交換している。アインシュタインが何よりも大事にしたかったのは、このコミュニケーションの客観的な意味である。しかし、アインシュタインはコミュニケーションと不可逆性とが密接に関係していることを受け容れるまでには至らなかったと言えよう。人間の精神が理解することのできる最も不可逆な過程、すなわち知識が次第に増加してゆくことの基礎にコミュニケーションがある。
(結論「地上から天上へ――自然の魅力の再来」p380)

ニュートンからボルツマンを経てハイゼンベルクを通過した古典物理学から量子論の世界の線上にはアインシュタインも間違いなくいる。この魅力的な線をたどるなかで、コミュニケーションと時間の不可逆性について思いを巡らせるのは、現代の時間の過ごし方としては贅沢なほうであろう。量子論は馴染んでくるとだんだん面白くなってくる。

 

※共著者のイザベル・スタンジェールは化学と哲学の学位を持つパリ在住の科学史家。ネット上に残っているインターコミュニケーション誌上での浅田彰プリゴジンへのインタビューによれば、ドゥルーズに近い立場の人だという。『混沌からの秩序』の魅力的な文章や構成には、彼女の力も大きく影響しているに違いない。

 

目次:

序論 科学への挑戦

第 I 部 普遍性の妄想
第一章 理性の勝利
1 新しいモーゼ
2 人間性を喪失した世界
3 ニュートンの総合
4 実験による対話
5 科学の根源にある神話
6 古典科学の限界
第二章 現実の確認
1 ニュートンの法則
2 運動と変化
3 力学の言葉
4 ラプラスの魔
第三章 二つの文化
1 ディドロと生命論
2 カントの批判的承認
3 自然の哲学?――ヘーゲルベルグソン
4 過程と実在――ホワイトヘッド
5 「イグノラムス、イグノラビムス」――実証主義者の一派
6 新しい世界

第 II 部 複雑性の科学
第四章 エネルギーと工業時代
1 熱――万有引力の対抗馬
2 エネルギー保存則
3 熱機関と時の矢
4 工学から宇宙論
5 エントロピーの誕生
6 ボルツマンの秩序原理
7 カルノーダーウィン
第五章 熱力学の三段階
1 流束と力
2 線形熱力学
3 平衡から遠く離れて
4 化学的不安定性の閾値を越えて
5 分子生物学との遭遇
6 分岐と対称性の破れ
7 分岐のカスケードとカオスへの転移
8 ユークリッドからアリストテレス
第六章 ゆらぎを通しての秩序
1 ゆらぎと化学
2 ゆらぎと相関
3 ゆらぎの増幅
4 構造安定性
5 ロジスチック進化
6 進化的フィードバック
7 複雑性のモデル化
8 開かれた世界

第 III 部 存在から生成へ
第七章 時間の再発見
1 強調点の変化
2 普遍性の終焉
3 量子力学の興隆
4 ハイゼンベルクの不確定性関係
5 量子系の時間発展
6 非平衡宇宙
第八章 学説の衝突
1 確率と不可逆性
2 ボルツマンの突破口
3 ボルツマンの解釈を問う
4 力学と熱力学――二つの別の世界
5 ボルツマンと時の矢
第九章 不可逆性――エントロピー障壁
1 エントロピーと時の矢
2 対称性を破る過程としての不可逆性
3 古典的概念の限界
4 力学の刷新
5 乱雑性から不可逆性へ
6 エントロピー障壁
7 相関の力学
8 選択原理としてのエントロピー
9 活性ある物質

結論 地上から天上へ――自然の魅力の再来
1 開かれた科学
2 時間と時間たち
3 エントロピー障壁
4 進化のパラダイム
5 役者と見物人
6 荒れ狂う自然の中のつむじ風
7 トートロジーを越えて
8 時間の創造の道
9 人間の条件
10 自然の復権

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