読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

山田克哉『真空のからくり 質量を生み出した空間の謎』(講談社ブルーバックス 2013 )

観測不能と無限大とゼロ。付け加えて仮想粒子とプランク定数量子化量子力学の世界像に慣らしてくれるほぼ数式なしで書かれた解説書。

わりと疑い深くはない性格なので、専門の編集者がついて出版された書籍に書かれていることは、なんとなく理解することができれば、そんなもんなのだろうという感覚で、比較的抵抗なく知識としてなんでも受け入れられる。本書の論考の対象である「真空エネルギー」についても、百数十年に及ぶ何人もの天才物理学者たちのの研究の積み重ねと、厳密な観測結果の積み重ねになんら矛盾しない厳密な理論として提示されているので、そういう現象が起こる「場」があるのだろうと、丸呑みはできる。ただ、本当の知識となっているかどうか、自分の世界観が更新され、新たな視点が持てるようになったどうかというと、ちょっとこころもとない。本書には書かれていない数学部分にも手を出していかないと、より正確な理解というのはそろそろ難しくなってきているのではないかという気がしている。ライター山田克哉の伝達の才能は紛れもない。読んでいて大変たのしい。でも数式で表現されたより正しい世界像に(たとえ理解が及ぶものでなくても)少しずつでも触れたほうがもっと鮮明な像を結んでくれるのではないかと思いはじめている。自然言語での説明の背後にあの方程式があるんだなくらいの理解しかなくても、自然言語による比喩的表現に過剰に引きずられない理解の安定感は増すのではないだろうか? それから、どのような観測実験が行われているかにも注目した方が良いような気がする。

 

すべての素粒子は「スピンゼロ」を含めてスピンしています。ただし、素粒子のスピンはフィギュアスケーターのそれとは根本的に異なり、徹底的に量子力学的なスピンですから、具体的にどのようにスピンしているのか、そのようすを観測することはできません。実際のところ、想像することさえ不可能なのですが、量子力学的なスピン角運動量は数値を使って表わすことができるのです! これが理論物理学のすごいところです。
(第5章「「弱い力」と質量の起源をめぐる謎」p188)

 

”もの”を見るためには、その”もの”に光(エネルギー)を当てて、光とその”もの”との反応を観測します。今、電子の電荷を測定するために測定器から光を出して、その電子に当ててみます。光は電子と単純な相互作用を引き起こしますが、実際には、単純な相互作用以外にも真空のいたずらによって複雑な相互作用が生じており、その結果、右側の裸の電子の周囲には観測不可能なたくさんの仮想光子や仮想電子対が発生・消滅を繰り返し、「衣」を形成しています。
(中略)
実際に観測される電荷や質量は、実は裸の電子のもつ電荷や質量ではないのです。ここに、「繰り込み理論」が誕生する契機があります。どうせ観測できない裸の電子なのだから、衣が無限大の電荷や無限大の質量を与えるのなら、これらの無限大が打ち消されるように裸の電子に無限大を繰り込んでやろうと考えたのです。
(中略)
この結果、全体の正味の電荷と質量は、
  無限大の電荷-無限大の電荷=実際に観測される有限の電荷
  無限大の質量-無限大の質量=実際に観測される有限の質量
となります。背後に相当に複雑な数学が潜むこのような操作が「繰り込み理論」であり、実際に観測される電子の電荷(衣+裸の電子)には無限大が繰り込まれているのです。
(第4章「「力が真空を伝わる」とはどういうことか――仮想粒子の役割」p150-p153)

古典力学よりも量子力学のほうが近似解を出しているのは間違いない事実なので、できるだけ能力に応じてゆっくり理解を深めていきたい。

 

目次:
第1章 真空には「構造」がある
第2章 真空から粒子を叩き出せ
第3章 真空が生み出す奇妙な現象
第4章 「力が真空を伝わる」とはどういうことか――仮想粒子の役割
第5章 「弱い力」と質量の起源をめぐる謎
第6章 真空はなぜ「ヒッグス粒子」を生み出したのか

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

山田克哉
1940 -