読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

シリーズ・戦後思想のエッセンス『戦後思想の到達点  柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る』(NHK出版 2019 柄谷行人 、見田宗介、大澤真幸)抑圧の回帰と自由への飛翔

学恩に応えなければいけないという一世代下の大澤真幸の真っ正直な気持ちが見事に実を結んだ傑作対談集。


日本の知の世界を切り開いてきた先鋭二人の、それぞれ老い朽ちることのない孤高の歩みの根源にまで分け入ろうとする、準備の整った大澤真幸の態勢がすばらしい。対談前、事前に質問状を送り、読者へ向けて対談への導入資料を作成し、対談の成果を終章のエッセイにまとめるという念の入れようだ。両者の業績への密度の濃い入門書であり、振り返りの資料にもなっている。

 

本書に語られていることのなかで、単純に驚くのは柄谷行人見田宗介の早熟さ。家庭環境が準備したところもありそうだが、20歳前後の大学の学部学生の時には自身の思索活動の方向性のようなものをはっきりと選択できるまでに、知的な世界の状況の見通しができていたというのは凄い。見田宗介ヘーゲルマルクス研究者の見田石介を父に持ち、柄谷行人は柄谷工務店創業家に育ち、少なくとも一般家庭よりは多くの書籍が家の中にあったことに影響されて育ったことが大きいのだろうが、それにしても小学生で吉川英治の『三国志』を繰り返し読み、ソクラテスデカルトドストエフスキーが中学時代のヒーローだったという柄谷行人の少年期のエピソードにはびっくりする。育ちからして違う、なんて思ってしまうとちょっとひねくれたくもなるが、まあ世の中は一様ではない。そんな人でなければ「死の欲動」=「無機質への回帰」=「原遊動性U」という原始共産主義形態の考察(p93参照)なんて発想は出て来ないし、展開し続ける知的体力もない。

 

ところで、かつて「無限性」としてあった世界は、近代の開拓の幾十年を経て「有限性」に向き合わなければならない段階に達してしまった。空間的に移動できる自由な空間はなくなり、世界は何度目かの水準で外部に出られないことを確認して何重目かで閉じた。この幾層にもなる閉域で、なおかつ自由を実現する術が求められている。いま、どこにあるか定かでないフロンティアは、期待値をそれほど見込めない状況で、次の一歩の可能性をおそるおそる探り試みているにすぎない。そのような世界にあって、柄谷、見田の思索はひとつの光明のような働きを持つものであるし、それを受容して活動している大澤真幸の思索にも期待し注目していきたいと感じさせるものがある。希望は、少なくとも現状を明晰にみて、今現在と次の一歩の踏み出し先を意識して選択することのなかにある。選択することを意識することで、普段は表層に現われてこない無意識の願望も呼び込み、それと表層の意識の願望と争いつつ、他なるものも存在する公共空間の選択の場に立つ。先行きがどうなるかは正確に予想はつかないが、結果にコミットせざるをえないことは肝に銘じ、自分の選択をする。根をもつことと、翼をもつことの同時性を希望にもって。安心と自由の共存を目指して選択肢をさがす。

 

しかし、実際のデモクラシーは、つねに多数者の支配であって、支配そのものの否定ではない。これに対して、支配を完全に否定し、排除すれば、それがイソノミアになる。イソノミアとは「無支配」という意味である。
(終章 交響するD 3「〈他者〉の二重の謎」 イソノミア p228)

 

無防備に陥ることなく成立する無支配の時空、交流自体が体制を維持調整する人間活動の場。

 

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【付箋箇所】
19, 21, 25, 34, 38, 39, 41, 43, 51, 58, 64, 71, 75, 76, 81, 85, 90, 93, 97, 100, 135, 169, 170, 178, 182, 187, 202, 222, 224, 228, 231, 233, 234, 235

 

目次:
まえがき 戦後思想の二つの頂点 大澤真幸
 
I 『世界史の構造』への軌跡、そして「日本論」へ
   ──柄谷行人 × 大澤真幸
 イントロダクション 交換様式論とは何か 大澤真幸 
   生産様式論の限界
   交換様式の四つのタイプ
   交換様式から世界システムを見る
   原遊動性Uの回帰
 1 言葉への独特の感覚
 2 漱石のどこに注目したのか?
 3 「ルネサンス的」文学とは何か?
   『アレクサンドリア・カルテット』の新解釈
   ドストエフスキー近代文学ではない
 4 なぜ「交換」に注目するのか?
   宇野弘蔵の導き
   「交換を強いる力」とは何か?
   剰余価値への新たな視点
   空間的移動へのこだわり
 5 世界最先端とのシンクロ
 6 コミュニケーションの非対称モデル
 7 ヒーローはソクラテス
 8 交換様式Dとは何か?
   来たるべき共産主義
   交換様式から歴史を見る
 9 回帰する貴族
 10 「強迫的な力」はどこから来るのか?
   移動への愛着
 11 単独性と普遍性はどう結びつくのか?
 12 翻訳されることを前提に書く
 13 「日本」はどういう意味を持つのか?
   日本国憲法の意義
   日本の独自性は「亜周辺性」にあり
   柳田国男の「日本列島」観
   日本は「亜周辺性」の意義を再考せよ
 
II 近代の矛盾と人間の未来
   ──見田宗介 × 大澤真幸
 イントロダクション 「価値の四象限」と「気流の鳴る音」 大澤真幸
   快楽原理の二つのジレンマ
   「気流の鳴る音」の用語について
   愚をコントロールする 
   「意味への疎外」からの解放
 1 森羅万象の空──戦争体験の最後の世代
 2 社会学というアリーナ──『価値意識の理論』(一九六六年)
 3 〈人生のひしめき〉としての社会──『まなざしの地獄』(一九七三年)
   永山則夫からの返信
   データから実存を読む
 4 全共闘との論争──真木悠介というペンネーム
 5 マルクスをどうのりこえるか──『現代社会の存立構造』(一九七七年)
 6 〈外部〉への旅──『気流の鳴る音』(一九七七年)
 7 生と死のニヒリズムをどうのりこえるか──『時間の比較社会学』(一九八一年)
   封印された二つの根本問題
   「コヘーレス」を手掛かりに
 8 りんごの果汁──『宮沢賢治』(一九八四年)
   「岩手山」の衝撃
   「春と修羅」という反転
 9 愛とエゴイズムの生命社会学──『自我の起原』(一九九三年)
   生命の全歴史の探求
   生命体にインストールされた共生の装置
 10 情報化と消費化の可能性と限界──『現代社会の理論』(一九九六年)
 11 人類史的な転回──『現代社会はどこに向かうか』(二〇一八年)
   人類史のS字曲線
   「高原の見晴らし」を切り開く
 12 軸の時代Ⅰの思想/軸の時代Ⅱの思想
   信仰・道徳に頼らずに二つの課題を解く
   「有限性」を生きる「共存」の思想へ
 補 「戦後」について。「日本」について
 
終章 交響するD──大澤真幸
 1 交響するD
   まったく新しくかつ最も古い交換様式
   交響圏とルール圏
   集列体から連合体へ
   交響するD
 2 意味の呪縛
   自然──輝く闇としての
   時間のニヒリズム
   意味という病
 3 〈他者〉の二重の謎
   イソノミア
   イオニアの自然哲学
   ソクラテスの産婆術
   自由の条件としての〈他者〉の二重の謎
 4 根をもつことと翼をもつことの一致
 
柄谷行人 年譜
見田宗介 年譜

あとがき 柄谷行人 見田宗介 大澤真幸

 

柄谷行人
1941 -
見田宗介真木悠介
1937 -
大澤真幸
1858 -