読書三昧(仮免) 禹歩の痛痒アーカイブ

乱読中年、中途と半端を生きる

堀田善衞『路上の人』(新潮社 1985, 徳間書店スタジオジブリ事業本部 2004)

ジブリ鈴木敏夫プロデューサーが堀田作品の中でいちばん好きだという小説『路上の人』。そのことを作者本人に伝えたところ映画化権をあげると言って、もらっている状態のジブリ。いまのところ実現されていないが、アニメーションになったらどうなるだろうかという興味とともに読んでみた。

舞台は十三世紀ヨーロッパ。路上に生きる下層の中年流民ヨナを語り手に、ローマ・カソリック内の厳格派と寛容派の陰謀うずまく対立とカソリックの教えとは異なる教えに向かう異端カタリ派の対立のなかに起こるドラマを描いた作品。路上で身につけた幾多の言語と話術、食料調達の術をはじめ、さまざまな生き延びるための技術を買われて、貴族や僧侶などの上層階級に仕えることの多かったヨナが、ある時、旅の僧侶セギリウスの手伝いをはじめるところから物語ははじまる。法王庁の中枢からは外れたところにいるらしいセギリウスは、公にはできない調査活動を行っているうちに亡くなってしまう。その後、セギリウスの縁から謎の高僧の使いとなり、さらにセギリウスの盟友であるコンコルディア伯爵アントン・マリアの従者となる。アントン・マリアは法王庁内でも高い役職にある人物でありながら、進歩的で異端カタリ派に対しても寛容な人、対話を持とうとする自由思想の人であった。物語の大部分は、このアントン・マリアの行動に付き従うヨナの視点を通して見られた世界である。思想の対立をめぐって起こる崇高かつ悲劇的な展開とともに、アントン・マリア伯爵の悲恋が重なり、重層的で変化に富んだたいへん鮮やかな物語世界になっている。

シブリがアニメ化するならと考えたところで、何がいちばん近いテイストになるだろうかと考えたところ、『天空の城ラピュタ』が思い浮かんだ。岩と城という造形の類似性に引っ張られての連想にすぎない。あるいは『ナウシカ』か。いずれにせよアニメ化されたら相当面白そうな作品に仕上がるだろうと期待させる小説だった。

アニメ化されなくても、小説のままで、堀田善衞の描写になる数々の場面や出来事が読み手の中で鮮やかに立ち上がり、読むことの高揚感が高まり、心がざわつく、貴重な体験を与えてくれる。

樹齢千年を越える樫は、その幹や枝の方々に、すでに枯死した部分をもっていた。そこに火が廻ったとき、数千羽の小鳥がいっせいに飛び立ち、その羽ばたく音が、あたかもつむじ風が火を煽り立てたかに思われ、緑の枝葉に下から火がのぼりつき、巨大な煙が夕照のすでに死にかけている、紅い空に立ち昇った。風はなかったので、煙はしばらくは真直ぐに立っていた。
(第八章「異端審問」より)

光景が目に浮かぶとともに、これ以上ないくらい的確な言語の使用状態に、ただ驚く。
ビックリするくらいいい作品だった。

 

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【付箋箇所】
18, 88, 196, 204, 213, 237, 250, 298, 328, 370, 373

 

堀田善衞
1918 - 1998


参考:

uho360.hatenablog.com